nagareboshi | ナノ
 四天宝寺との練習試合まで、一週間を切った。
皆は今まで以上に練習に必死に取り組んで、少しずつではあるが私がマネージャーを始めた当時よりも格段に強くなっている。私はそんな皆を見て安心する半面、不安が募っていった。

「苗字?」
「、えっ」
目の焦点すら合わせずにボーっと考え事をしていると隣から急に木更津先輩が声をかけてきたものだから、私は思わずバッと木更津先輩に視線をやった。
「…手、動いてないけど」
「え、あっ、す…すみません、仕事、ちゃんとやるので…」
「そうじゃなくて」
「…え…?」

木更津先輩の隙のない目付きが私を逃がしてくれなくて、その気まずさに手が震えた。だけど木更津先輩は少しばかり優しい口調で私に言う。

「不安?」
「、」
震えていた手がぴたりと止まる。図星だと知られたくなかったのに、隠すことは無理だった。
「観月先輩が、」
「…観月?」
「前よりも、勝ちにこだわってて…」
「ああそうだね。何が何でも勝とうとしてる」

でもそれがどうしたの?と。何でもないような顔で問われてしまって、もう何も言えなくなってしまった。
(観月先輩がああなってしまったのは…私のせい、なのに)

口をきつく結んで、必死にドリンクを作る手を動かした。それでもやはり手の震えは治まらずに、ついには涙が滲む。
「、っ」
あまりに行き場を無くした悔しさと罪悪感と不安。それさえ自分で処理することができずに、私の手からドリンクボトルが滑り落ちた。それを見た木更津先輩は薄くため息を吐いて口を開く。

「……何をそんなに悩んでるのか分からないけどさ」
木更津先輩は私の頭にポンと優しく手を置いて、まるで私を安心させるかのような口調で言った。
「僕達は苗字の仲間だって、分かってよ。」
「…え…?」
「苗字が辛いなら僕達が支えるし、守るよ。だから僕達が辛い時は、苗字が支えて、守って。そういうの、仲間じゃなきゃできないでしょ?」

つまり木更津先輩が何を言いたいのか、薄々は分かっていた。もっと自分たちを頼ってくれ、と。そう言いたいんだろう。
私が俯いたまま動かずにいると、木更津先輩は少ししゃがんで私が落としたドリンクボトルを拾った。そしてそれを私の手に握らせて、また言う。

「守ろうとしてるんだよ、観月は」
「、!……」
「だからあんなに勝ちにこだわってる。観月は苗字を守るために、何が何でも勝とうとしてる」
「そ、それは………っ、それが、観月先輩に迷惑をかけてる気がして…怖いん、です…」
「違うよ苗字」
「、」
「観月は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないだろうし、他の皆だってそう。勝ちたいから、今まで以上に練習してる。その証拠にホラ、見てみなよ。皆が必死に練習してる姿、ちょっと楽しそうでしょ?皆テニスが好きだから。」
「!」

――テニスが好き。
それは、私の心を大きく動かす言葉だった。
皆はテニスが好きだから、テニスで勝とうとしてる。

木更津先輩の言葉を理解した私は、握らされたドリンクボトルを見つめた。私は、今からでも遅くない。皆のために何ができるだろう。ただ応援するだけじゃなくて、形にしたい。皆への気持ちを、もっと、ちゃんと、伝えたくて。木更津先輩を見つめれば、クスクスと笑う木更津先輩に頭を撫でられた。

「苗字は、ルドルフが好き?」
「え…?」
「ルドルフにいて、皆と練習して強くなって…楽しいって思う?」

私は黙って頷いた。それを見た木更津先輩が、嬉しそうに笑う。滅多に見せない表情に唖然としていると、優しい声で言われた。
「それだけで、十分だよ。」
「!」
「今は、その気持ちを忘れずにマネージャーの仕事に専念する。これが、苗字のやるべきことだと思うよ」
「…き、さらづ先輩、」
「なに?」
「わ、私…」

 気付けば自分の声が震えていた。
今まで自分が悩んでいたことが、すごくちっぽけに感じて。どうしてか、今は前しか見えなくて。私は木更津先輩に笑顔を向けて、言う。

「私は、ルドルフが大好きです。だから、勝ちたい…絶対に、勝ちたいです…!!」


(どうか、どうか今は)
(皆の笑顔を、見たいから)


 20130507