nagareboshi | ナノ
※裕太視点


 雷と停電の事件から何日かが過ぎた。あんな出来事とかがあったからと言って名前を含む俺達ルドルフは何か進展したわけでもなし。いつも通りの練習が続いて、今日は久しぶりの休日だ。学校は明日も休みだがもちろんテニスの実力を高めるために練習がぎっしり詰まっている。
久しぶりの休日をどう過ごそうかと考えていたら兄貴から電話が来て「帰っておいでよ」と言われたが断った。買いたいCDがあったことを思い出して俺は家を出る。駅前のCDショップまではそう遠くないから助かる。俺は携帯と財布が入った鞄を持ち直して足を進めた。



CDショップに到着して俺の好きなアーティストのスペースへと向かう。そこには俺の求めていたCDがいくつか置いてあった。前から溜めていた小遣いは五千円を超えている。なかなかの出来だ。貯金をしていたのはCDの為だけではなくて、ただ何となく溜めたくなったから。俺は目当てのCDを手に取りレジへと向かう。するとレジを終えた後ろ姿がやけにあの人に似ていた。
(…まさか、な)
俺はそろっとレジの列から抜けてその後ろ姿を追いかける。数メートル近づいて分かった。やっぱりそうだ。

「木更津先輩!」
「…裕太?」
俺の声に反応してこちらを振り向いたのはやっぱり木更津先輩。いつもの制服やユニフォームと違う私服姿。ハチマキも付けていないから後ろ姿で分かった自分が凄いと思った。

「裕太もCD買いに来たの?」
「はい。木更津先輩もですか?」
「まあね。柳沢に頼まれたんだよ」
「柳沢先輩に?」
「うん、今から柳沢の家に行くんだけど裕太も来る?」
「あ、いや、俺は良いです」
「そっか。クスクス」

木更津先輩は俺が断る事を分かっていたかのように笑う。俺が苦笑いすると突然鞄の中の携帯が震えた。それは木更津先輩も同じだったようで、俺と木更津先輩は同時に携帯を取り出してメールを確認した。メールは観月さんからのもので、今すぐ学校前に集合とのことだった。

「観月からだ…」
「そうですね」
「裕太にも来た?」
「はい。呼び出しのメールですね」
「そうみたいだね。全く…折角の休日なのに呼び出すなんてどうかしてるよ観月の奴」
木更津先輩がそう言いながら携帯をポケットにしまった。俺も鞄にしまって木更津先輩を顔を合わせる。
「…このメール、他の皆にも行ってるのかな」
「そうっぽいですよね、一斉送信されてましたし」
「じゃあ柳沢に伝えに行く必要はないし、一緒に行こうか」
「は、ハイ」

俺が答えると木更津先輩はすぐに歩きだした。俺は慌てて着いて行く。
 しばらく歩いたところで木更津先輩が口を開く。「そういえば裕太、CD買えたの?」「……あ」しまった、買い損ねた。俺が肩を落とすと木更津先輩がクスクス笑って俺にCDショップの袋に入ったCDを差し出してきたものだから俺は目を丸くする。
「あの、これは…?」
「裕太が欲しかったCDってこれでしょ?」
「え?」
俺は袋を受け取って中身を見る。
「ほ、本当だ。でもどうして分かったんですか?」
「この前部室で一年の部員と話してたでしょ。たまたま聞こえたんだ」
「!そうだったんですか」
「これ、あげるよ」
「えっ」
「柳沢の分はまた買えば良いしさ」
「でも悪いですよ、俺自分で買います」
「良いんだって。ほら」

ぐい。木更津先輩が俺に袋を押し付けた。俺はしばらく悩んだ後、「お、お金払います」と言って鞄を漁る。すると木更津先輩が「いらないよ」と言うものだから余計に目を丸くした。
「いや、お金は払いますよ!」
「柳沢から二倍お金取るから良いってば」
「で、でも…」
「クスクス、たまには先輩っぽい事してみたかったんだよ。良いから受け取りなって」
「…あ、ありがとうございます」
俺は申し訳ない気持ちで受け取り、鞄にしまう。後で木更津先輩(と柳沢先輩)に何か奢ろうと決めた。しばらく歩いて学校が近くなってくる。ふと木更津先輩が足を止めた。

「?」
「あのさ裕太」
「な、何ですか?」
「この前の雨の日、苗字と何かあった?」
「!?」
何か企んだような木更津先輩の顔に思わず図星な表情を浮かべてしまう。「やっぱり何かあったんだね」と木更津先輩が笑う。俺が少し俯き気味に「な、何でいきなりそんなこと…」と問いかけると木更津先輩は言った。

「あの日、僕がわざと裕太と苗字を二人っきりにしたんだよ」
「え!?」
「クスクス。裕太ってさ、苗字のこと好きでしょ?」
「っち、ちょっと、何言ってんスかいきなり…!!」
「ふーん、違うの?」
「違うに決まってるじゃないですか!だって、」

ふとあの日の事が浮かんだ。名前が落とした携帯電話を拾った夜、「蔵ノ介」と「光」からのメールが止まなかったこと。「光」から来たメールには、特に不自然なことは書いていなかった。転校した友人を心配するような普通のメール。だけど「蔵ノ介」から来たメールには明らかに気になる事が書かれていた。
『謙也のことはもうええの?』
一番に目に入ったのはそこに書かれた「謙也」という名前。文章を読む限り、分かるのは「謙也」と名前の間に何かがあって、名前はそれを未だに解決しないままでいるという事。だけど別に俺には関係ないと思っていた。名前は悪い奴ではなくてむしろ良い奴だけど、このメールを俺が気にするほどの仲ではない。
だけど、名前が俺達ルドルフのマネージャーとして過ごしていく内に、俺は少なからず名前を意識していった。名前は良い奴だ。優しいしマネージャーとして二重丸な人材であり、何かと助けになってくれることもある。でも、好きだとか…

「…そ、そんなんじゃ、ないですよ」
 木更津先輩は何も言わなかった。ただ俺の顔を見つめて「ふーん」と返す。俺が黙って視線をそらせば木更津先輩が俺の顔を覗き込む。「本当に?」「…べつに、嘘付く意味なんてないですし…」「そっか。変なこと聞いたね、ごめん」「い、いえ…」どうしてか心のモヤモヤが晴れない。木更津先輩が足を進めたのに気付き、俺も慌てて後を追った。


 20120114