nagareboshi | ナノ
 いつものように部活をやっていると、突然雨が降りだした。最初は弱かった雨が一気に強くなり、今日の練習はミーティングに変更された。
部活が終わるころには豪雨になっており時々雷まで鳴っている。昔から雷が苦手な私にとっては災難の他なかった。
雷の音に震えていると、観月先輩が心配に言ってきた。

「苗字さん大丈夫ですか?顔色が悪いですが…」
「あ、い、いえ。大丈夫、です」
「僕にはそうは見えませんが」
「うっ」

キッパリと良い放たれて言い返せなくなってしまった。とその瞬間、ピシャアアンと大きな音と光が部室を襲った。
「っひぃ、!」
私は頭を抱えてその場に座り込む。それを見た観月先輩はなるほどという顔をして「近くに落ちましたね」と真顔で言った。

「苗字、雷怖いの?」
「いっいえ!怖くなんかないです!」
「ふーん」

木更津先輩がにやにやしながら聞いてきたから思わず嘘をつけばまた大きな雷の音が聞こえる。つい、「ひっ」と間抜けな声を出してしまった。木更津先輩は「ほら、怖いんでしょ」とからかってくる。何だか負けたくなくて、それでも首を振った。

「全く、うちのマネージャーはほんとに負けず嫌いだよね」
「木更津、それは僕のことですか?」
「まあまあ」
「…」
「それより苗字、そんなんで家まで帰れるの?」
「か、帰れますってば!」
「だが、そんな様子じゃ家に帰るまでにショック死でもしそうだな。ははは!」
「あ、赤澤先輩まで…!」

先輩たちは私をからかいながらも帰宅の準備を進める。しかし既に準備を終えた私は今すぐに家に帰りたいのだが怖くて外に出られずにいた。そんな中、裕太君が皆より遅く部室に入ってくる。携帯を手に持っていた。

「おう裕太、遅いな。どうした?」
「あ、いや…兄貴から電話が掛かってきたんでちょっと話してたんです」
「そうか。お前も大変だな」
「本当ですよ」

赤澤先輩と裕太君の会話を聞きながら、私は首を傾げる。あにき?って、裕太君のお兄さんのことかな?やっぱり裕太君、お兄さんいるんだ。裕太君のお兄さんってどんな人なんだろう…やっぱり格好良いんだよね、テニスやってるのかな?そんなことを考えていたらまたピシャンと雷が鳴る。ボーッとしていたから余計に驚いてしまい、思わず「うひゃあっ!」と叫び声を上げてしまった。

「今のは大きかったね苗字、大丈夫?」
「?…どうしたんだよお前」
「苗字はね、雷が怖いんだって」
「え、雷が?」

裕太君まで私を小馬鹿にしたように笑う。

「き、木更津先輩っ余計なこと教えなくて良いですってば!」
「クスクス。顔青いよ?」
「うっ…」
「お前、雷怖いのか?」
「こ、怖くないもん」
「にしてはデカイ声だったな」
「うう…」
「気にしなくて良いよ苗字、雷が怖いときは裕太が守ってくれるって」
「え?」

木更津先輩がクスクス笑いながら冗談を言った。そう冗談のはずが私はつい顔を真っ赤にしてしまう。そんな私の顔をみた木更津先輩は一瞬ポカンとしたけどすぐに何かを思い付いたようにニヤリと笑い、先輩たちに声をかけた。

「ねえ、ほら皆早く帰ろうよ」
「いや…雨が止むまで待った方が良くないか?」
「こんな雨じゃ止みそうにないよ」
「しかし木更津、僕はまだ片付けの仕事が残っているので…」
「なら一年に任せれば良いんじゃない?」
「「え!?」」

真っ先に反応したのは私と裕太君だ。木更津先輩は先輩たちに何か耳打ちしてこちらを見る。すると先輩たちも口を揃えてこう言った。

「そうですね。今日は一年の二人にに任せましょうか」
「み、観月さんまで!?」
「おや裕太君、嫌なんですか?」
「うっ…わ、分かりましたやりますよ…」
「苗字もよろしくな」
「うっ、赤澤先輩…」
「それじゃあまたなー」
「お、お疲れ様でした…」

先輩たちはぞろぞろ帰っていった。
残された私と裕太君は顔を見合わせて顔をひきつらせる。

「せ、先輩たちマジで帰ったぞ…」
「と…とにかくやるしかないよね」
「…そうだな」

私は机の上にある日誌に記録をしようと思い手を伸ばす、とその瞬間…
ゴロゴロピシャアアアアンッ
「きゃああ!!」
ガンッ
「いだっ!」
「お、おい大丈夫か!?」
雷に吃驚して座り込んだら机の角に頭を打った。かなり痛い。ジンジンとした痛みを耐えていると裕太君があわてて近付いてきた。

「頭打ったのか?」
「だ、大丈夫…」
「っぶ、あはは!お前ってほんと――」
ピシャアアアン
「ひいいっ!」
「うわっ!」
またしても雷が鳴り響き、私は近くにいた裕太君に思い切り抱きついた。恥ずかしいとかそんなのも忘れて必死に裕太君を抱き締める。慌てた裕太君の声は耳に届かなかった。

「お、おまえ、なにして…!?」
「いっ今だけで良いから!!」
ゴロゴロと空が唸る。怖い。裕太君も私を引き剥がそうとするのをやめて、背中に手を回してきた。そこで私は正気に戻りハッとする。

「っわああ!ゆ、裕太君ごめんなさっ…!」
「え?あっ、いや!!お、おまえ、それより大丈夫かよ…」
「う、うん…だいぶ…麻痺してきたから平気」
「いやそれ平気じゃないだろ!」

うわああ最悪だ。咄嗟の不可抗力とはいえ裕太君に抱きついてしまうなんて。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。また心臓がうるさく騒ぐ。きっと顔は真っ赤だ。こんな顔裕太君に見られたくない。私が顔を隠して立ち上がった時だった。

カチッ
「え?」
プツン。突然あたりが真っ暗になって何も見えなくなった。これってもしかして停電?…え?てい、でん?

「て、てて、停電!?」
「名前落ち着けって、今ブレーカーを…」
「ま、待って…!!」
「え?」
必死になって裕太君の手を引っ張った。

「そ、そばから離れないで!やだ、怖い…!!」
「だ、大丈夫だよブレーカー上げに行くだけだから。な?」
「やだ!お願い…お願いだから…!」

 暗いのは本当に怖い。
私が必死にお願いすると裕太君は私の腕を引っ張って、そのまま強く抱き締めた。

「、え…?」
「そばにいるから」

裕太君の顔が見えない。だけど体温だけはしっかりと伝わって、私はぎゅうっと目を閉じる。しばらくするとまた雷が鳴った。体が震える。怖い。

「…名前、」
「!ゆ、ゆうたく――っきゃあ!」

ドサリ。突然床に組み敷かれて身動きが取れなくなる。裕太君の顔を見ようとしても真っ暗で見えずに、ただ切羽詰まった私の声だけが真っ暗な部屋に響いた。

「ゆ、裕太君、離して…!」
「っあ、え、うわ、悪い!!」

バッと上からいなくなった裕太君。急になくなった体温に焦って、また必死に裕太君を探した。するとその時。

パッ

「…あ……」
「…、ついた、な…」

急に明るくなった部室。どうやら電気が通ったみたいだ。
私たちは顔を見合わせてお互い真っ赤になる。な、何をやってたんだ私たちは…恥ずかしい…!!

「な、なんか、ごめんね…」
「いっ、いや、俺の方こそ悪かった」
「ううん!そんなことないよ!あ、ありがとう…」
「…いや。うん、」
「それじゃ、早く片付け終わらせて帰ろっか!雨も弱まってきたし」
「ああ、そうだな」

私たちはすぐに片付けを終わらせて部室を出た。鍵を閉めたあと、裕太君が呟く。
「あの、さ」
「ん?」
「四天宝寺高校との練習試合…」
「、」
「絶対、勝とうな」
「!…えっ」
「名前は俺達とだって頑張って行けるって、教えてやろうぜ」

裕太君は強気に笑う。胸が締め付けられた。四天宝寺に勝ったら、一体何が変わるんだろう。蔵ノ介の言葉が頭をよぎる。

「全部、終わらせたって。謙也のためにも、自分のためにも」

「……っ、」
ぎゅっと自分の手を握りしめる。蔵ノ介だって、きっと、いきなり私が消えたことに納得してないんだ。蔵ノ介が私のことを思ってああ言ってくれたのにはすぐに気付いた。ずっと自分でもそうしたいと思っていた。だけど、でも、それが怖い。

「名前…」
「…が、とう」
「え?」

怖いけど、嬉しかった。裕太君がそう言ってくれて。勝とうって、言ってくれて。私に気を遣ってくれて。裕太君に大嫌いと言ってしまった私なのに。それなのに、優しくしてくれてる。その温かさが、とても居心地良くて。

「……ありが、とう…裕太く、」
「、」
ぼろぼろと涙がこぼれた。裕太君はピタリと体を固めて私を見る。そして、不器用に私の涙を指先で拭き取った。

「ありがとう、ありがとう裕太君、」

今はまだちゃんと言えないけど、いつか言いたい。
ここに来てよかった、と。


20121230
どうでも良い設定ですが、聖ルドルフ学院高校テニス部の三年はいません。夏の大会を終えて引退しました。なのでテニス部の部員は観月赤澤木更津アヒル裕太とモブがレギュラーで他の部員は一年のモブだけです。あと金田とノムタクは観月赤澤木更津アヒルとは別の高校に行きました。木更津とアヒルは同じクラスで赤澤と観月はその隣のクラスです。本当にどうでもいい設定ですね。そして更新遅れて申し訳ないです。