nagareboshi | ナノ
 大抵の昼休みは友達と居るか一人で居るかの二択だった。今日はたまたま友達が委員会で居ないから一人。あまりにも暇だったから屋上にでも行こうかと思い席を立つ。すると、聞き慣れない声が聞こえた。

「苗字、なあ苗字」
「え?あ…」
そこに立っていたのは綺麗に整った顔をしたクラスメイトの男子だった。だけど私は彼と全く会話をした事なんてなくて、少し戸惑ってしまう。彼は無邪気に笑いながらこう言った。

「お前さ、サッカー興味ない?」
「サッカー?」
「ああ。ついこの前マネージャーだった奴が転校しちゃってさ、人手不足なんだけど…もし苗字がサッカー興味あるならマネージャー頼みたいんだよ。どう?」
「で、でも私…テニス部のマネージャーしてるから…」

掛け持ちはさすがにできる気がしない。観月先輩とかが怖そう。テニス部マネージャーのくせに掛け持ちなんて許しませんとか言いそうだ。あ、何か想像したら面白いかも。観月先輩はああ見えて結構な弄られキャラな気がする。

「おーい苗字、聞いてるか?」
「あっ、ごめん。でも私、サッカーのルールも知らないし…」
「それなら俺達が教えてやっからさ。試しに一週間とか、やってくれないか?」
「で、でも…」
「なあ頼むよ苗字!お前しかいないんだよ!」

ぱんっと顔の前で手を合わせながら大声でお願いしてくる彼に思わず顔が引きつってしまう。私は頼まれると断りにくい性格なんだ。本当に勘弁してほしい。だけど何だかすごく可哀想というか大変そうで、ついついうっかり頷いてしまいそうになった。すると、

「おい」
後ろから裕太君の声がした。

「あ、裕太」
「お前なあ…うちのマネージャー勧誘すんのやめろって」
「わりーわりー!でも俺等マジで大変なんだよ」
「そりゃ分かるけどさ。こいつノロマだからテニス部のマネージャーやるだけで精一杯だしサッカー部のマネージャーやっても足手まといなだけだと思うぞ」

いきなり現れたと思ったら酷い言いぐさだ。だけど否定できずに私は俯いてしまう。裕太君は私の肩にぽんっと手を置いて言った。

「だから悪いけどこいつ俺んとこの専属だし、あきらめろ」
「あーはいはい分かったよ。苗字、いきなりごめんな?今の話、ナシって事で良いからさ」
「あ、う、うん。大丈夫だよ」

私が顔を上げて頷くと、彼は何かを思ったように首を傾げた。そしてしばらく、沈黙が流れる。私と裕太君はそんな沈黙に顔を合わせて彼と同じように首を傾げた。すると彼はやっと口を開いて「お前らってさぁ……」と何やら言いにくそうな顔で切り出した。

「え?」
私がまた首を傾げると、彼はハッとしたように「あ、や、何でもない!」と去って行ってしまった。残された私と裕太君はまたもや首を傾げる。ちょっとした沈黙の後、裕太君は「何なんだ?」って顔で彼の去って行く背中を見つめた。

「あ、そうだった」
「?」
「お前さ、ああいう時はすぐ断れよな。無理矢理連れてかれたらどうするつもりだったんだよ」
「え、あ…ごめん…。何かすごい大変そうで…こ、断っちゃ悪いかなって…」
「断って良いんだよ。お前は俺達のモンなんだから」
「え?」
「…え?」

俺達のモン。その言葉に過剰に反応してしまい、更に顔を赤くしてしまった私は裕太君を凝視した。お、俺達の……モン、って。そ、そんなの、何か、何かすごく、恥かしい。だけど裕太君もすぐにその問題発言に気付いたようで焦ったような顔をしたけど誤魔化すように笑って言った。

「つ、つーかお前、ノロマとか言われて反論しないのかよ?」
「あ…いや、本当の事かなと思って…」
「そんなんじゃないだろ」
「え?」
「お前…よ、よく働いてくれてるし。観月先輩だって褒めてたし」
「ほ、ほんと!?」

思わず目をキラキラさせてしまう。観月先輩に褒められるのはちょっと嬉しい。
そんな私を見て、裕太君は吹き出すように笑った。

「っはは、お前って何か…」
「な、何よ!」
「かわいい、っつーか…」
「………、え?」
「は?」

また沈黙が流れる。
裕太君は自分が発した言葉の意味を理解してないようだった。ポカンとした顔を見せたかと思いきや、すぐに真っ赤になって私から距離をとる。

「っち、ちが…!いや、そ、そういう意味じゃなくてっ!子供っぽいって言いたかったんだよ!!か、勘違いすんな!」
「ゆ、裕太く、っ」

私が呼び止めた時にはもう遅くて、裕太君は走って逃げてしまった。取り残された私はどうしたら良いんだろう。
ドキドキと心臓が音を立てる。か、可愛いなんて、裕太君、そんな事言うんだ。っていうよりあれは無自覚だった気がする。それが余計に恥ずかしくてくすぐったくて、私は机に顔を伏せた。ああもう、今日の裕太君はすごく変だ。おかしい。
ドキドキドキ
ドキドキ
ドキ、

心臓が、本当にうるさい。

「っな…、何や、これ……」
ぽつりと零した言葉が、つい関西弁になってしまうくらいに。私は戸惑っていた。


20121206