nagareboshi | ナノ
 何年ぶり、というわけでもないハズなのに目の前にある部室がまるで何年も前に見た建物のような感じがして怖かった。懐かしくて、今すぐこの部室に飛び込んで皆とたくさん話したいのに。心はぐちゃぐちゃなままだった。観月先輩が私を気にしながら、ゆっくりと扉を開ける。中にいた部員の視線が突き刺さるようだった。

「…名前…、」
「く、蔵ノ介、」
「久しぶりやな」
「…うん、久しぶり」

一番に声を掛けてきたのは蔵ノ介だった。私をまじまじと見つめ、そして転校する日の前みたく普通に接してくれる。だけど、どこか切ない表情だった。嫌だ、ここにいたくない。そんな気持ちばかりが込み上げてきて蔵ノ介の顔が見れない。

「そっちでは、上手くやれとんのか?」
「うん。友達も、できたよ」
「…もう関西弁で喋ってくれへんの?」
「……ごめん、蔵ノ介」
「何が」
「私、勝手ばっかりして…」
「名前が悪いんとちゃうやろ。家の事情や、仕方あらへん。俺達が嫌や言うて止められる問題やあらへんかってん」
「…だけど、」
「謙也には会うたん?」
「……うん」
「話はしたんか?」
「…、したよ」
「謙也、何か言っとった?」
「……嬉しいって、涙目になってた」
「はは。ヘタレやな」
「うん、ヘタレ」
しばらく沈黙が流れた。周りの部員は私を見て「名前や」とか「何で名前がここにいんのや」とか小声で話していたけど蔵ノ介が指示を出したから練習に戻っていく。私の隣に立つ観月先輩は無言だった。すると蔵ノ介は観月先輩をちらりと見つめ、沈黙を破る。

「名前の先輩ですか」
「はい、そうです。君は確か白石蔵ノ介君でしたね」
「おん。自分は何て言うんや」
「観月といいます。聖ルドルフのマネージャーです」
「せやったらいま顧問呼んでくるわ。ちょお待っとき」
「ありがとうございます」

蔵ノ介が少し向こうに行ってから、観月先輩は口を開く。
「敬語では話さないんですね」
「…はい。最初は私も敬語だったんですけど、謙也が、タメの方が良いって…」
最後の方がだんだん小さくなっていき、私は固く口を紡いだ。謙也の名前を口にするだけで、ぎゅうっと胸が痛む。観月先輩もそれを察したのか、もう何も言わなかった。
 しばらくして蔵ノ介と顧問がやってきた。

「久しぶりです、先生」
「おぉ苗字か。元気にしとったか?」
「はい。あ、こちらは私の先輩で聖ルドルフのマネージャーの観月はじめ先輩です」
「ほな観月君、今度の練習試合はよろしくたのみますわ」
「もちろんです、任せて下さい。僕達も全力で練習試合に臨みますから」
「せやったら安心やな。ここんとこ謙也が調子悪うて、この練習試合をきっかけにスランプ卒業してもらわなアカンのや」
先生はそう言って笑った。謙也がスランプなのは、きっと私のせいだ。だけどそんなの先生は知らないからヘラリと笑っているけど、すごく、心が痛かった。蔵ノ介が全てを察したのか、私の手を握った。私はハッと顔を上げて蔵ノ介を見る。「ちゃんと、前向かなアカン。名前は何も悪うないんや」その言葉に、また胸が締まった。

「…堪忍、な」
ついポロリと零した関西弁に、蔵ノ介は嬉しそうに笑った。「名前はそれが一番似合うわ」とだけ呟いたけど、きっと"それ"は関西弁のことなんだろうな。
しばらく話して、今日はもう帰る事になった。金ちゃんは中学校に戻ったのか、もういなかった。もっと皆と話をしたかったけど、謙也とも光ともあんな事があって、とにかく今日はもう帰りたかった。

「名前が来とったん銀が知ったら残念がるわ。用事ある言うて帰ってもうたから」
「そうかな」
「おん。暇やったらまた会いに来るんやで」
「……ごめんね、蔵ノ介」
「…、無理せんでええわ。暇な時だけ来ればええ。どうせ、練習試合で会えるんや」
「うん」
「あと、練習試合に金ちゃんも連れて行ってええか?」
「…うん、いいよ」
「そん時にな、」
「え?」
「全部、終わらせたって。謙也のためにも、自分のためにも」
「、」

無言で頷く。蔵ノ介には、何も隠せない。
私はもう蔵ノ介の顔を見ずに、観月先輩の後ろをついていった。帰りの新幹線の中でも、観月先輩はほとんど喋らずにいて。苦しい思いをしながら、また私は聖ルドルフの生徒に戻る。

 20121025