nagareboshi | ナノ
 涙を強引に拭いて顔を上げると、微笑む観月先輩の顔があって、すごく安心した。観月先輩はゆっくりと私に近づき、そして私が蹲る前にしゃがみ込んで私の頭を優しく撫でる。涙が乾いた頬が風を冷たく感じさせた。

「すみませんでした。僕がしっかりと貴女を見ていなかったせいで…」
「へ、いきです…。私のせいで、光に…光が、酷い事言って…ごめんなさい」
私が頭を下げると、観月先輩は優しい声色で返してくれた。大丈夫ですよ、汚れ役は慣れているので、だなんて言う観月先輩。先輩は、優しい。

「…彼は四天宝寺高校のテニス部員ですか?」
「はい。光とは中学の頃からずっと仲良くしてて……だけど、」

それから先は言えなかった。なぜか、唇が震えて動かない。
 謙也の顔が頭から離れなかった。

「……詳しくは聞きませんが、とにかく貴女を一人にしてしまった僕が悪いです。怪我は無いですか?」
「そ、そんな事ないです、私が勝手にこんな所まで逃げてきて……、ごめんなさい。それに、観月先輩が私にそこまでする理由はないじゃないですか。それなのに、何で…」
「それは言えませんね。ですが、僕が貴女を守りたくて勝手にしている事ですよ。貴女は安心して僕に身を任せれば良いんです」

分かりましたか?なんてお母さんみたいな表情で私に言いつける観月先輩は、とても頼もしく見えた。先輩はすぐに苦笑しながら「まあ、貴女を守れなかった僕が言える事ではないんですがね」と言った。私はそんな先輩の腕を掴み、見つめる。

「そんなこと、ないです…」
「え?」
「先輩は…ちゃんと守ってくれました。あのまま先輩が来なかったら私は、光に何されてたか…っ、!」

言いかけて、止めた。そうだ、光は何も悪くない。私が光をまるで加害者のように言う資格なんて無い。だって光は、私との約束をただ守ろうとしてるだけ。それを、私が破ろうとしているだけじゃないか。勝手に東京まで逃げて、それから連絡にも答えずにただ簡単に忘れようとしていた。
 考えれば考えるほど自分が悪くて、もうどうしようもなかった。

「…苗字さん?」
「ご、ごめんなさい。今の全部、忘れて下さい」

先輩は私を解せぬという顔で見つめる。

「今は、あまり深く考えないで下さい」
「…え……?」
「練習試合の日、僕達が貴女を守りますから」
「観月先輩…それってどういう、」
「さて。それでは少し遅くなりましたが部室へ行きましょうか」
「!」

何も聞くなという目つきで私を優しく見つめる先輩に、もう何も言えなくなった。私は俯き、そしてまた顔を上げる。はい、と控えめに返事をして立ち上がり、久しぶりの部室へと向かった。

(観月先輩は強くて、私なんかよりも全然強くて。そんな先輩の後ろに逃げ込むことしかできない私を、この時の私はまだ恨みきれていなかった)

 20121010