nagareboshi | ナノ
 憂鬱な気分のまま、午後練が始まった。先ほど観月先輩から伝えられたことをしっかりと頭に入れ、明日に臨む。きっと良からぬ事が起きるだろうが、そんなの今は気にしてられない。午後練に集中しなくてはならないから、溢れる不安を胸にしまった。

「苗字、随分暗い顔してるね」
「!あ…木更津先輩…」
「クスクス、裕太と何かあった?」
「、」

図星を突かれた。思わず何も言えず目を逸らす。そんな私を見て、木更津先輩は言った。

「裕太もそんな顔してたよ」
「っえ…?」
「考えてる事は同じなんじゃないの?」

木更津先輩は不思議な人だ。何も分かっていないような口ぶりだけど、きっと全てわかりきっているかのような笑み。「まあ僕には関係ないことだから、裕太と苗字で解決してね」なんて言われて、思わず木更津先輩を見つめてしまう。木更津先輩は言いたい事を全部言い終えたのか、ラケットを持ってテニスコートへと去って行ってしまった。

「…同じ、って……」

ぽつりとつぶやいてみる。皆が練習する声が聞こえる。夏も丁度、終わりかけていたその残暑がひどく私を刺すようだ。観月先輩がくれた水を口に含み、ちらりと不二君を見つめる。ばちりと思いきり目が合った。

「っ、」

慌てて逸らす。だけど私が彼を見て目が合ったという事は彼は私を見ていたんだろうか。そんな馬鹿な事さえ考えてしまって、どうしようもない。

「……、」

憂鬱、だ。
いつまでこんな日々が続くのだろう。
テニスは楽しい。マネージャーをする事が私の生きがいだ。それなのに、こんなに辛い午後練なんて、私は知らない。転校したことで、全てが変わってしまったようだ。

「苗字」
「!あ、赤澤先輩…」
「大丈夫か?顔が赤いが熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫です。もっと水分取れば平気ですから」

無理に笑って返せば、単純な赤澤先輩は騙されてくれた。私と同じように笑顔を浮かべる先輩を見つめて、私はまた頑張ろうと決意する。とりあえず明日の事は忘れよう。明日また、考えれば良い。今日考えなくたって、明日で良いんだ。どこかの国もそんな考えを持っていた気がするが、それを考える暇もない。
不二君と仲直りをする方法を、ドリンクを作りながら必死に考えた。



午後練が終わり、観月先輩が部室の鍵を閉める。私は鞄を握りしめて、不二君の元へと駆け寄った。

「不二君!」
不二君は私を見るなり咄嗟に目を逸らして、「何だよ」と短く返す。私は負けじと思いきり頭を下げた。

「ごめんなさい」
「!、え…?」
「不二君に酷い事言って、ごめんなさい」

自分なりに気持ちの込めた謝罪だった。不二君はキョトンとして、私を見つめる。そして、少しばかり顔を赤くして唇を尖らせた。

「別に…お前悪くないだろ……」
「え?」
「俺も、ごめん。言い過ぎた。ビビってるとか苛々するとか言って…ほんとに悪かった!」

不二君も頭を下げた。彼にもプライドがあるだろうに、そんな不二君が私に頭を下げた。それがとても申し訳なくて。私は不二君の肩に手を置いて、笑った。

「仲直り、できたね」

これから起こる出来事なんか予想せずに、私達は笑う。その時私は、自分の携帯が鳴ってる事に気付かなかった。マナーモードにした携帯は、私に気付かれる事なく着信有りの文字をそこに記したのだ。

 20120901