sketch | ナノ
(水谷視点)

「あれ?」

朝練を終えて下駄箱にたどり着いたら、見た事のある後ろ姿が見えた。女子ならではの小さな体に、二つ結びの黒髪。あれは多分、というか絶対、苗字さん。ついこの前、マネージャー候補だとかで花井に無理矢理連れて来させられてた女の子だ。ちなみに第一印象は、すっごく"可愛い"。

「おはよう苗字さん」
「!…あ、えっと…たしか水谷君?」
「当たり。ちなみに下の名前も分かる?」
「…ごめん。知らない、かな」
「文貴」
「…文貴君?」
「うん、今度からそう呼んでね」
「わ、分かった」

さりげなく名前呼びを推奨して、俺は笑顔で苗字さんを見た。こういう会話でさりげなく頬を赤くしている苗字さんは初々しくてすごく可愛いと思う(俺が慣れてるってワケでもないけど)。
 俺は前から苗字さんに聞きたい事があった。それは苗字さんを初めて見た時から、ずっと気になってた事。

「あのさ、苗字さん」
「え、何?」
「苗字さんってさ、阿部と仲良いよね」
「! な、そ そんなわけないって!」
「え?違うの?」
「あ…阿部君、嫌いだから、私の事。私も阿部君嫌いだし、お互いに嫌い合ってるっていうか、なんていうか、その」
「っぷ、」
「え…!?」

必死になって否定する苗字さんを見てたら、なんとなく笑えてしまった。

「ごめんごめん…なんか、その、苗字さん可愛いなって…」
「!?」
「っ、え、」

バチッ。真っ赤になった苗字さんと思いきり目が合った。パクパクと口を金魚みたいにさせて、こっちを唖然と見ている。(‥か、可愛い…) 次の瞬間、苗字さんは真っ赤な顔のまま走り去ってしまった。

「…いきなり"可愛い"は、禁句だったかな」

 俺は自分に呆れたような苦笑いを零して、苗字さんが走って行った廊下をゆっくり歩きはじめる。(っていうか、俺達同じクラスだったよね)
とりあえずクラスで会ったら謝ろう。でも俺、褒めたよね?まあ良いや。そんな事を考えながら廊下を歩いていたら、花井に会った。

「あ、花井」
「ん?ああ水谷」
「さっきぶり」
「ホントだな」

そんな挨拶を交わしてから、俺達は一緒に教室へ向かう流れになった。すると花井はいきなり挙動不審になりながら、俺に言う

「あ、あのさあ」
「何?」
「お前、苗字知ってるだろ?」
「知ってるも何も、さっき会って話したよ」
「あ、ああ、そう。そんでさ、アイツ」
「苗字さんの事好きなの?」
「はあああ!?んなワケねーだろ!!」

(うっわ分かりやす!)花井は真っ赤になって否定してるけどそんなの無意味だと思う。全部顔に書いてあるよ。
それにしても花井って苗字さんみたいなのがタイプだったんだ。

「苗字さんって阿部と仲良いよね」
「! そうなのか?」
「ライバルじゃん。たぶん勝ち目ないと思うけど」
「お前なんで今日に限ってそんなに鬼畜なんだよ」
「そう?」
「ああもう…」

花井は顔を逸らして溜め息を吐く。普段クソレフトだとか言われてる恨みを花井にぶつけてしまったけど、まあ良っか。

「っつーか…」
「何?」
「阿部って、苗字の事好きなのか?」
「…苗字さんは、嫌いって言ってた。阿部も苗字さんの事嫌いみたいだけど」

まあそんなのはお互いに意識し合ってるって証拠だよね?さっき苗字さんに阿部の話を振ったら、何か動揺してたっぽいし。阿部も阿部で、まんざらではないと思う。そうやって考えてみたら花井が何だか可哀想だ。っていうか苗字さんって、三橋とも仲良さげじゃなかったっけ?

「まあ一応、応援はするよ。チームメイトだし。あ、でもそれは阿部も同じか」
「だ、だから俺は別に…!」
「あのさ花井、」
「な、何だよ」
「今日の練習、苗字さんに見学に来るよう誘っておこうか?」
「はあ!?」

 花井は真っ赤になって首を振ったけど、ちょっと嬉しそうだったから誘ってあげよう。今日の練習は楽しくなりそうだな、いつも楽しいけど。考えてみれば俺は中学の頃、練習嫌いだったハズ。この西浦に入ってから急に練習が好きになった。これも西浦野球部のおかげだ。なんてそんな事を考えながら、クラスに向かった


(あ、苗字さんさっきはごめんね)
(水谷君…私こそ、いきなり逃げてごめん)
(それでさ、今日の練習見に来ない?)
(え…良いの?)
(うん)

 20120409
 水谷・キューピット・オカン