sketch | ナノ
(阿部目線)

そりゃもう、初めて見た時は可愛いと思った(泣き顔だったけど)。俺だって普通の高校生男子だ。そんくらい思ったりだってする。まあ別に興味は無かったけど。
 花井が苗字をマネージャー候補として連れてきた時は焦った、っつか驚いた。しかもあのオドオドで友達なんてできそうにない三橋の友達っぽかったし、田島になんて抱き着かれていた。本人曰く、苗字は田島の彼女ではないらしい(別に興味はないけど。これ重要)

何だかんだ言って苗字を連れてきた花井とも仲良さげだったし、花井も花井で苗字の言葉ひとつひとつに赤面したり笑ってたりしてたから仲良いんだと思う。そうやって考えると、入学してからまだ一週間しか経ってないってのに友達たくさんいるんだな、とか友達作るの得意なんだな、とか思ったり。

「あ 阿部、く ん」
「あ?」

突然名前を呼ばれて振り返ってみれば、そこには三橋が立っていた。もう今日の練習を終えて皆が支度を始めている中、いち早く着替えと支度を終わらせた三橋が何か言いたそうに口を動かす。(…じれったい) コイツのこういう所に苛々させられる。苗字ってどうやってコイツと友達になったんだ?

「あ べくんは、…その、」
「だから何?」
「苗字、さん…の 事、」
「は…、苗字?」
「う うん。こ、この前…何話して たの、かな…って、思って」
「この前?…ああ、苗字が花井に無理矢理連れてこられた日か?」
「う、ん」

 やっと三橋が言いたかった事を理解して、返答に困る。あん時は確か、俺が苗字に泣いてた理由を問うて…そんでどうしたんだっけ、適当にはぐらかされて…ああそうだ、苗字が三橋に恋をしてるって事を話したんだ。

…話したん、だよな?でもそれを今俺が三橋に言ったら、苗字の立場って何?俺が問い詰めた時は「バラしてほしくない」って雰囲気だったし…ここは一応黙っておくのが常識か?

「ああいや、別にマネージャーを本当にやりたいのか問いただしただけだよ」
「そ そう な、の?」
「ああ。…っつーか、」

(何でお前、苗字のこと気にしてんの?)

「?」
「ああいや、何でもねェ。ほらもうグラウンド閉めるから」
「う、うん!」

三橋をグラウンドから追い出してから、鍵を閉めようとしてる花井に声を掛けた。

「なあ花井」
「ん、あ?どうした阿部」
「…苗字って、さ」
「苗字?」
「ああ。あいつって、クラスでどんな奴だっけ」

そう質問すると、花井は笑いを堪えながら「お前、同じクラスだろ」と言う。俺はそんなのお構い無しに返答を待った。「…苗字は明るくて優しい奴だよ」…花井にしては、妙に素直な返答だった(コイツ…女子に対してこんな褒め言葉言った事あったっけ?)

「明るくて優しい?アレが?」
「阿部は知らないだけだよ」
「は…?」
「用はそれだけか?」

花井は異様に冷たい眼で俺を見た(糞、何だよ…)。ガチャンと音を立てて鍵が閉まり、花井はため息をつきながら「俺がマネージャーに苗字を選ぼうとしたの、何でか分かるか?」と問いかける。俺は花井の冷たい眼から逃げて、「…知らねーよ」とだけ返した。

「あの笑顔に応援されたかった」
「…は?」

(お前、何言ってんの)

「自分でも最低な理由だって分かってるよ。でも俺は、苗字のあの笑顔なら皆を支えてくれるって思ったから、苗字を連れてきた。まあ答えはノーだったけどさ」
「花井…」
「阿部は何であの時、苗字に引っ張られて行ったんだ?」
「……俺が初めて苗字に会った時、アイツ泣いてたんだよ」
「泣いてた…って、苗字がか?」
「ああ。どうしたんだって聞いても答えねえから、野球部の練習見ながら泣くのはやめてくれって言った。そしたらアイツ、田島に用があるって言って…、まあそんだけだけど。その時の事をお前らに話そうとしたら苗字に口止めされて、人っ気が無い所に連れてかれたってワケよ」

花井は俺から眼を逸らして、「そっか」とだけ言った。まあ、これくらいなら話しても許されるだろう。心の中でそう自分に言い聞かせ、「そんじゃ帰るか」と花井に背を向けた。

「そんじゃーな、花井」
「……、阿部!」
「!」

花井の必死な声が聞こえた。今日の花井は、花井らしくない。テンパってるっつーか、なんか行き急いでるって感じがして、気持ち悪ィ。

「何?」
「苗字の事…好きなのか!?」
「っはあ!?お前、何言ってんだよ…!んなワケねーだろうが!!」
「や、やっぱそうだよな…!引き止めて悪い、そんじゃーな!」
「……んだよ、気持ち悪ィ」

走り去っていく花井の後ろ姿を見ながら、俺はそう吐き捨てた。9時を回った春の空は、深い青と黒に混じって、微妙なカラーリング。俺は空を見つめながら、ふと苗字の顔を思い浮かべる。……そういえば俺、アイツの笑った顔、ちゃんと見た事ないかもしれない。それじゃあ花井は見た事あんのか?まああるんだろうけど。そんな事を考えていると、だんだん胸が痛くなってくる。(悪い病気だ)今日はすぐ帰ろう。そんで、早く寝よう。俺は重い足を一歩一歩と進めながら、家に帰るために駐輪場へと自転車を取りに行った。

(苗字は、しつこく俺の脳にまとわりつく)
(うっぜえ)

 20120405
 阿部がヒロインを意識し始めます