sketch | ナノ

―――ドン!
それはあまりにもいきなりの衝突事故だった。友達と一緒に移動教室へ向かっていた最中のこと。曲がり角を曲がったら、見知らぬ男子生徒衝突してしまった。

 視界いっぱいに広がった茶色の髪が頬を掠った。くすぐったい…という感覚よりも先に、鈍い痛みが脳いっぱいに駆け巡る。それはもう、普通に、すっごく、痛かった

「い、いった…」
「あ ご ご ごめ、なさい…!」

非常に小さな声だった。私が視線をその男子生徒の顔に向けると、そこにいたのは全く見た事もない人。茶色でふわふわの髪。オドオドしたような口調で、その口は小さく震えていた。心なしが私を見る目が恐怖でいっぱいになっているようにも感じられる。(こ…これは、ビビられている…?)

「あ、あの…」
「お 俺、が悪かっ た…から、ごめ ん…」
「いや、私もちゃんと前見てなかったし、ごめんね」

同学年…かな。相手はタメだったからつい私もタメで話してしまった。もし先輩だったらどうしよう…でも、例えこの人が先輩だったとしても、タメを使っただけで怒るような人には見えないから少し安心。私が先に立ち上がろうとしたら、少しだけ足首が痛んだ

「いっ…」

つい声を漏らしてしまった事を後悔するなんて思わなかった。私の声に反応したその男子生徒は、素早くガシリと私の腕を掴んだ。(ち、力強い…)

「ど こか…!怪我、して、」
「ないから大丈夫!」

つい大きな声になってしまった。ビクリと肩を震わせた彼は、上目使いで私を見る。その目が「怒ってる?」と私に問いかけてきたような気がして、私は思わず「お、怒って…ないから!」と彼の顔に自分の顔を近づけてハッキリと言う

「ほん とう…?」
「うん!君もどこか、怪我してない?」
「お 俺 は、だいじょう ぶ!」
「なら良かった…」

 これで相手に怪我させてたら、悪いのは完全に私だもんね。とりあえず怪我してなくて良かった。そう自分に言い聞かせた所で、私はハッと息を止める。(…私、いま、なんて最低な事…考えたの?)
相手が怪我してたら自分が悪くなって、自分が怒られる…。だから相手が怪我してなくて良かった、なんて…。結局は自分の心配しかしていない自分に呆れたように溜め息をついた。

「っ…」

昨日から、ずっとマイナスな事しか考えてないな…。私は友達に「ごめん、先に行ってて」と伝えた。「え、でも名前大丈夫なの?」「うん、ちょっと保健室に寄るだけだから」「え!どっか怪我した!?」「!あ、いや…えっと、サボり…」「はは、名前もホドホドにしなよー?」「うん分かってるって」「んじゃ、先生に言っとくね」「よろしく」なんてやり取りが終わり、友達は速足で廊下を進んでいく。…と、私の腕を掴んでいる彼の力が強まり、その手はガタガタと震えだした

「え?」
「や やっぱ り!どこ か怪我、して…!」
「あ、ああ、やだなあ ちょっと足首痛いだけだから大丈夫だよ」
「ほ けんしつまで…連れてく!」
「え!?や、やだ、大丈夫だってば!」
「駄目 だ!俺が怪我させ た んだから…!俺が 連れて く!」
「…!!」

 ―あれ?何か今、心臓が…苦しく、なった…?

「……な、なら…お願い、しようかな、」
「任せ て!ちゃん と、連れてく から!」
「…、ありがとう。えっと…一年だよね?」
「う ん。きみ、は?」
「一年七組の苗字。…分かる?」
「あ!」
「?」

彼はひらめいたような表情で私を見る。私は頭にクエスチョンマークを浮かべて彼を見つめ返した。わなわなと震えた腕の感覚が、私にまで伝わってくる

「田島君 の!」
「! 田島君…?」
「苗字さん の こと!たくさんっ 話、てた!」
「え…私の事?」

(ってことは、彼は田島君の友達なのかな…)

「えっと…君の名前は?」
「お 俺は 三橋…!」
「三橋…君?」
「そ、そう!」

あ…やっと会話が繋がってきた。いつの間にか話し込んでいて忘れてたけど、もうすぐ授業始まるから、とりあえず三橋君を教室に戻らせなくちゃ

「三橋君。もう授業始まるから教室戻って良いよ。保健室なら一人で行けるし」
「で でも俺 が、怪我させた から…!」
「三橋君のせいじゃないよ!私の不注意なんだから、三橋君まで授業サボらせるわけにはいかないよ」
「…さ サボり じゃ、ない!」
「えっ?」

予想外な答えに、私は目を見開いた。三橋君は真っ赤な顔をして、必死に私に言う

「苗字、さん 怪我して る…!だか ら、サボり じゃ ない!」
「…!み、三橋く…」
「お 俺 ちゃんと、最後ま で、つきあう から」
「!!」

ドキン。心臓が妙に高鳴った。(き、緊張…?なのか分からない、けど…ドキドキして、上手く喋れない…)

「あ、え、っと…その、三橋君、」
「な に?」
「ありがとう……」

 ドキンドキン。心臓がキツく締め付けられるような感覚と、少しだけ痛む足。目の前に広がる学校の一角の景色は、いつもと同じハズなのに。なんというか、ドラマチックに見えてきて、三橋君の顔が、ちゃんと見れなくて。私は色んな感覚に混乱しながらも、「それじゃあ、行こっか」と声を絞り出した


(これは、もしかしたら、恋なのかもしれない)



 20120331