sketch | ナノ
 やっと授業が終わり、放課後になると私は花井君に「今日も練習見に行っていい?」と声を掛けた。花井は笑って「もちろん」と返してくれる。

「今日も阿部と一緒に帰んのか?」
「う、うん」
なんとなく花井君とこの話をするのは気まずい気もする。花井君は私を諦めないと言っていたけれど、私が阿部君と付き合っているのを知った時どう思ったんだろう。そんなことばかり考えてしまう。

「…俺にすればいいのに」
「え?何か言った?」
あまりにも小さな声で花井君が何かを呟いたからそう聞いてみれば、何でもないとぼかされた。
「じゃあまた練習でな」
「うん!」
花井君に手を振って、私もグラウンドへと向かった。
野球部の皆の練習を見るのは楽しみだけど、阿部君と早く一緒に帰りたいな、なんて思ってしまう。そろそろ私も末期なんだろうか。
グラウンドへ着けば、皆がいつもの笑顔で迎えてくれた。



 時間が立つのは結構早くて、練習を見るのに夢中になっていたらあっという間に皆は帰りの支度を始めた。
私が阿部君と話すのは、グラウンドを出て始めて可能になる。だいたい皆は部活が終わると一斉に肩を下ろして帰りの支度の合間にふざけあったり話をしたりするが、阿部君と三橋君は今日の反省点とか改善点とかを話し合いながら帰りの支度をするからなかなか話しかけられない。
 グラウンドを出た花井君が鍵を閉める時にはもう皆は校門へと向かっていた。花井君は私と阿部君に「じゃあな!」と声を掛けて、気を利かせてくれたのか小走りで校門に向かった。
残された私たちもゆっくりとした足取りで校門へと向かう。

「あ、阿部君。練習お疲れさま!」
「…おう」
あれ。今日はちょっと不機嫌かもしれない。そう思った矢先、いきなり阿部君が私の腕を掴んで私を見つめた。何か言いたげな顔。

「阿部、くん?」
「あのさ」
「な、なに?」
「お前、誰の彼女なわけ?」
「え!?そ、それはもちろん、あ、阿部君の…」
「だったら俺以外の男の家に遊びにこいとか言われて笑顔でうん!とか言ってんじゃねえ!なにゲームにつられてんだよ、子どもかお前は!」

いきなり浴びせられた文句に、思わず
「も、もしかして阿部君、やきもち妬いてるの…?」
だなんて聞いてしまう。阿部君の顔が赤くなった。どうやら図星だったようだ。

「…た、田島君の家には昔からよく行くし、そ、それに変なことなんかしたことないから!するつもりもないよ、だって私は…!」
「、名前」
「っ、あ、」

かなり恥ずかしい思いで阿部君を説得していたら不意討ちを食らってしまった。呼ばれた名前に思わず顔が真っ赤になる。名前呼びなら田島君にだってされてるのに、相手が阿部君というだけでこんなにも意識してしまう。

「…俺たち付き合ってんだからさ、その、名前呼びくらい…良いだろ」
「う、うん!」
「名前、」
「なに?」
「おまえ顔真っ赤だぞ」
「!?」

わざわざ指摘するところが意地悪だと思う。その場の雰囲気なんだから流してくれたって良いのに!そんなことを思いつつ目を逸らせばまた名前を呼ばれて今度は抱き寄せられる。

「名前」
腰に回された手がくすぐったいような恥ずかしいような感じがして、私は阿部君と目が合わせられない。それに痺れをきかせたのか阿部君がため息を吐いた。そして私の両頬に手を添えてじっと見つめられる。

「俺が言いたいこと、分かってないだろ」
「ご、ごめんなさい…」
「名前」
「へ?」
「呼べよ」
「……た、隆也、君」
「もう一回」
「た、かや君」
「聞こえねーぞ」

いつの間に阿部君のドSスイッチが入ったのか、阿部君はにやにやしながら私にひたすら名前を呼ばせようとする。私が真っ赤になりながら声を張り上げて「隆也君」と言うと、満足そうに笑った。

「お前ってホント飽きないよな」

――飽きられたら困るけれど。
私は気付けば暖かい気持ちになって、そのまま隆也君の胸に顔を埋めた。

「好きだよ、名前」
「わ、私だって…好き、だから」
「顔」
「っ、」

隆也君が私の頬をするりと撫でる。

「真っ赤だぞ」

ハードな練習に体が温まったせいか、隆也君の手は熱かった。私が頬を緩ませて笑うと、隆也君の顔が近付きそのままキスをされる。
「…これからは、俺がお前を守るから」
「隆也く、」
「だからもう一人で強がんなよ」
「!」

 隆也君は、素直じゃなくてたまに自信家になったり優しくなったり、正直まだよく分からないところがたくさんある。だけど、

「た、隆也君こそ、」

好きだから。これからたくさん思い出を作って、笑い合って、まだ見たことない隆也君の顔とか、反応とか。もっと知りたい。

「私のことだけ…ずっと見てて、下さい」
「!……っぷ、なんで敬語なんだよ」
「わっ笑わないでよ!真剣なんだから敬語の方が、っ」

言い終わる前にキスされて、体が固まる。
唇を離した隆也君がクスリと笑って、言った。

「言われなくともお前のことしか見てねーよ」

 白黒だった私の世界が、隆也君と出会って綺麗な色彩色に変わった。毎日がキラキラ輝いて、青春なんか通り越した非日常。それにはたまに躓いたりするけれど。だけど愛するあなたがいるから、私は、


sketch
(人生を、描いていけます)


20130326