sketch | ナノ

 阿部君とお付き合いを始めた。
生まれて初めて恋人ができ、私の日常は今まで以上にがらりと変わることになる。今まで何回か同じクラスの優しい人とか隣のクラスのイケメンとかに一目惚れしたり好きになったりはしたが、告白して付き合うとかそういうのじゃなかった。見ているだけで満足とか強がった台詞に聞こえたりするけど、実際そんな感じ。だって話すことさえままならなかったから。
でも阿部君は違った。散々もやもやしてた気持ちが、千代ちゃんの本音を聞いたり阿部君と理科室で話したことがきっかけに、ようやく自分の気持ちに決心がついた。

 私はきっと、阿部君を見てるだけだったり練習を応援したり、そういうのだけじゃ足りないんだと思う。
いつの間に自分はこんなに強欲になったのかと落ち込んだりしたけれど。

 今日もいつものように学校に来て授業を受ける。休み時間は千代ちゃんと話して楽しんだり、さすがに二人きりで話してると冷やかしの餌食になるため昼休みに阿部君とメールしてドキドキしたり、でも放課後になればマネージャーでもないくせに部活を見学して千代ちゃんの手伝いをして皆と話したり阿部君と目が合っては顔を赤くしたり、その後は家までの帰り道を途中まで阿部君と歩く。
初めて阿部君と一緒に帰った日は、皆から冷やかされたり、なに?お前ら付き合ってたの?とか驚かれたりした。だけど今では皆も、またかよバカップルめ、みたいな感じで対応してくれるようになった。

 まさか私が阿部君と付き合うことになるなんて、出会った頃は思いもしなかっただろう。けれど今、こうして阿部君にときめいたりドキドキしたりしている。考えれば考えるほどに頭がおかしくなってしまいそうだ。

「名前!」
いろいろと考えこんでいると、急に後ろから声を掛けられて肩がびくっと揺れる。
「た、田島君かあ…びっくりした」
「どーしたんだ?考え事か?」
「え?う、ううん!なんでもないよ」
私がそう言うと田島君はそっか!と笑った。

あれから田島君は、直接私に謝りに来てくれた。あの時は阿部君に突っかかってごめん、って。でも阿部君が言っていたように田島君は私を守ろうとしてくれたわけで、それが嬉しいから別に謝らなくても良いよと返したら、じゃあお互いにもうあの日のことは掘り返さない、と約束した。
 それ以来、田島君は今まで通りに接してくれている。田島君といると楽しいし気が楽だし、だから自然と笑顔になれた。だけど私が田島君と話した後に阿部君と話すと、たいていは阿部君が不機嫌なのはどうしてだろうか。

「なあなあ名前!今日さ、放課後ウチ来いよ!」
「えっ?」
「新しいゲーム買ったんだけどそれが対戦もできるらしいんだよ!」
田島君が目をきらきらさせながら説明してくれたけど、今日は阿部君と一緒に帰る約束をしている。私は顔の前で思いきり手を合わせた。

「ごめんね!今日は」
「阿部と約束してんの?」
「へ」
「あ!図星だな」
「い、一緒に帰る約束してて…」
「そっかーなら良いや!けど、今度付き合ってもらうからなっ!」

 田島君は、いくらか私と阿部君に対して柔らかくなった。少し前は阿部君をあまり好きそうにしていない田島君だったが、今では私と阿部君を応援してくれている。

しばらく田島君と話をしていると、教室の入り口にいた女子が私を呼んだ。何かと思いそちらを見れば、その女子の隣には泉君が立っていて、どうやら泉君が私を呼んでいるらしい。私が泉君のところまで駆け付けると泉君は何やら気まずそうな顔をした。
「泉君、どうしたの?」
「あ、えっと。」
少し間が空いて、泉君が続ける。
「この前言ったこと、なんだけどさ」

 そういえば泉君と話すのはあの日の保健室以来だ。
そう思い出すと同時にあの日泉君に言われた言葉を思い出して、泉君が気まずそうにしていた理由が分かってしまう。私も気まずくなって目をそらした。

「ごめん」
「え?」
「だから、俺が言ったことでお前、かなり悩んだっつか傷付いたろ」
「そ、そんな、」
「だからごめん。あと、俺べつにお前と三橋を応援してなかったわけじゃなくて、ただあのままお前が揺れてたら三橋にとってもお前にとっても良くならないなと思って。それすら俺の勝手な意見なんだけど…背中、押したかっただけなんだ」
「!」

泉君は苦笑した。
私は泉君の言葉を聞いて、思わずありがとうと泉君の手を握った。泉君はかなり驚いて私を見る。

「お、怒ったりとかしねーの…?」
「するわけないよ!」

そう言うと泉君は、お前って変なやつだな、と笑った。

「阿部と頑張れよ」
「えっ」
「あいつ、たまに調子乗るし恋愛経験もロクにねーし素直じゃねーけど。お前のこと、本気で好きだから」
「…あ、ありがと、う」

思わず顔に熱がたまる。あ、阿部君って野球部の皆と恋ばなとかするのかな…?それとも周りから見て分りやすいだけ?どうして泉君がそこまで胸を張って言ったのか分からないけれど、まあ良しとした。
 チャイムが鳴ると泉君があわてて「それじゃ、また練習見に来いよ!」と言い残し教室に戻っていく。私も席に着くと授業担任が教室に入ってきて、いつものように授業が始まった。


(放課後が待ち遠しくて、授業なんか頭に入らない)


20130326
次回で、ようやく完結です//▽//