sketch | ナノ
 授業に全く集中できない。どれもこれも、全部ここ最近の出来事のせいだ。
先ほど三橋君への想いと阿部君への想いをハッキリさせ、私は阿部君に気持ちを伝えるはずだったのに何てことだ。三橋君が悪いわけじゃない。ただタイミングが悪かったのだ。

「…はあ」
黒板を指差しながら難しい公式ばかりを並べる先生を見てため息を吐いた。そしたらなぜか折りたたんである紙が後ろから飛んできて頭に当たった。何事かと思い床に落ちた紙を拾う。広げる前に誰が投げたのか確認しようと振り向けばいくらか後ろの席の花井君と目が合った。

「?」
花井君は何か私に伝えようと口を動かしていたが私には伝わらなかった。仕方なく目を逸らして紙を広げる。するとそこには決して綺麗ではない書体で「どうした?」と書いてあった。私は首を傾げたものの、田島君と阿部君が喧嘩した自分に私が泣いたことを思い出した。もしかして花井君はそれを見ていたのだろうか。それとも今朝のこと?どうしたと聞かれるようなことが多すぎて頭でまとめられずに最後振り向けば、もう花井君と目は合わなかった。



 待ち望んだチャイムが鳴り響き、今日の授業は終了する。私はあくびを噛み殺しながら教科書を机にしまう。すると後ろから花井君の声が聞こえた。

「苗字」
「あ、花井君。さっきの紙…」
「え?ああ…その、お前ここ最近顔色悪いからよ、ちゃんとメシ食ってるか?」
「!も、もしかして心配してくれたの?」
そう聞くと花井君は赤くなった。それを見て私までもが赤くなってしまう。

「だってお前!俺に何にも相談してくれねえじゃん…」
「…!」
「や、別に俺に相談するようなことじゃないんだろうけどさ…なんつうか、その、あーもう俺何言ってんだよ…!」

花井君が私から目を逸らして不貞腐れたようにそう言う。私は花井君が本当に私を心配してくれたことに感動して、思わず椅子から立ち上がった。花井君は突然立ち上がった私に吃驚したのか肩を上げたが、私はそんなこと気にせずに花井君に言う。

「あ、ありがとう!」
「え?」
「心配してくれたんだよね?」
「っ…ま、まあ、」

小さく頷いた花井君を見て、私はどこか悩みが半減したような気持ちになった。人に心配されるのって、かなり嬉しいことだ。私の喜ぶような顔を見て頬を緩めた花井君に私は気付かなかったけど、心配してくれただけで十分だった。

 それからしばらく花井君と話をして、またお互い席に戻る。早く帰りの支度をしてしまおうと鞄に手を伸ばした瞬間、机の端にバン!と大きな音を立てて誰かの手が乗せられた。
「!」
びっくりしてその手の主を確認すると、それは阿部君だった。

「あ、阿部君…?」
阿部君は苛立ったような顔をしている。そんな阿部君の顔を見て、私は思わず目を逸らした。すると阿部君はいつもよりいくらか低い声で「お前さ、」とこぼす。自分の肩が上がるのなんか見なくても分かった。今朝の三橋君との事があってからか、どうしても阿部君への心の準備が整っていないように錯覚してしまう。阿部君に「好き」と伝えるべきなのに。
 おそるおそる阿部君と目を合わせれば、阿部君は相変わらずの低い声でつづけた。

「お前、花井のこと好きなわけ?」
「え?」
思わぬ言葉に肩を落として「なんで?」と聞き返せば、阿部君が眉間にしわを寄せる。よく分からないが余計に怒らせてしまったようだ。

「あのさあ」
「な、なに…」
「今朝、三橋と何かあったのか?」
「え……な、んで?」
「三橋が目腫れさせて朝練に来たから」
「、」

その言葉に今朝の三橋君の言葉を思い出してしまう。

「あ、べ君?」

「っ、あ…阿部君、」
「何だよ」
「私ね…その、三橋君に、」
「告られたんだろ」
「!」

震えていた手がぴたりと止まった。阿部君は呆れたような顔をしてまた口を開く。

「ほんとお前らって分かりやすすぎ。そんなんで大丈夫かよ。…まあ、お前らも無事に付き合うことになったわけだし、せいぜいバカップルだの何だの冷やかされれば良いんじゃねーの」
「え、?」
「……なに?」

もしかして阿部君は、私と三橋君がすでに付き合っているのだと思い込んだのだろうか。私は瞬きを繰り返し、阿部君に言う。

「こ、断った」
「……は?」
「だから、三橋君からの告白…断ったの」

私が俯きながらそう言うと、急に阿部君の手が伸びてきてそのまま腕を引っ張られたことによって私は無理矢理立たされる。

「っ、な、」
驚きつつも阿部君を見れば、阿部君は呆気とした顔をしていた。
「、阿部君」
「お前、何してんの」
「え…」
「…か……、馬鹿、じゃねえの…」
「あ、阿部く」
「お前、あんな…三橋のこと、」

好きだったのに、と阿部君が零せば、どうしてか私は阿部君の顔を見れなくなってしまう。そんな私を見て阿部君はため息を零す。それに少し驚いて顔を上げて阿部君をまた見つめれば、今度はぐんぐん腕を引っ張られてそのまま教室を出た。向かう先も、分からずに。ただ阿部君の後ろ姿を見れば見るほど、胸が苦しくなってどうしようもなくなる。


(届けようと思えば、届くはずなのに。何故か、手を伸ばせない)


 20130325