sketch | ナノ
「…た、じま君……」
心臓が張り裂けてしまいそうだった。
 こんな不埒な場面を幼馴染に見られたということよりも、田島君と阿部君の関係が壊れてしまう事が不安だった。ただシンと黙り込む阿部君を田島君はひらすら睨んでいた。こんな田島君は、見た事がない。すると阿部君が薄く口を開く。

「…何だよ田島」
「お前…ふざけてんの?」
「は?」
田島君は焦ったような足取りで私達に近づき、そして阿部君から私を引き離して私を強く抱きしめる。それを見た阿部君が「おい」と怖い顔をしたが田島君はそんなの気にせずにキツい口調で言い放った。

「お前、サイテーだ」
「なにがだよ」
「"俺の物にする"って、そーゆーコト?」
「は?」
「あの日阿部が言った言葉は、名前を大切にするって意味じゃなかったのかよ!?」
「っおま、え…何言って…!」
田島君の言葉に阿部君は慌てたように口を塞ごうとした。だけど田島君のマシンガントークは止まらず、更に加速する。

「お前にとっての"俺の物にする"って言葉は、無理矢理キスして襲おうとするってコトなのか!?何だよソレ!!ふざっけんなよ!!!」
「ってめ、それ以上口開けたらマジで…っ!」
私から離れた田島君が阿部君の胸倉を掴む。田島君の方が背が小さいから絵面としては微妙だけどそれでも田島君の威圧感は思わずたじろいでしまう程。恐怖で手足が震えた。

「俺の幼馴染傷付けようとしただろ…!んなコトしたらゲンミツに許さねーかんな!!」
「っ勝手な事ばっか言ってんじゃねえよ!」
「勝手じゃねー!!」
二人が口論を始めたせいで部員達が集まってきた。千代ちゃんもすぐに駆けつけてきて私達を囲む。千代ちゃんは震える私に「どうしたの、大丈夫?」と問いかけてくるが答える気力なんか無かった。阿部君が田島君を殴ったのが視界の端に見えて、私はそのまま意識を失った。




 目が覚めると、保健室らしき天井が目に入る。ぐらりとした頭痛を感じながらも体を起こせば、カーテンの向こうから声が聞こえた。

「あ、起きた?」
「…泉君?」
「大丈夫か?苗字、すげー顔色悪いぞ」
「う…うん、もう大丈夫」

泉君とカーテン越しに会話をしていると「カーテン開けても良いか?」と聞かれたから「うん」と返した。多分、気を使って私の寝顔を見ないようにしてくれたんだと思う。ゆっくりカーテンを開けた泉君と目が合う。
「何かすごい修羅場だったな」
「……、」
「あ、ごめん。無神経だった?」
「う、ううん…そうじゃなくて、平気。ごめんね、心配かけて」
「いや別に。気にすんなよ。あ、今保健の先生が出張だけど…一人で帰れそうか?無理なら家に電話して…」
「大丈夫。ありがとう泉君」
「なら良いんだけど、あのさ苗字」
「え?」

やけに真剣な顔をした泉君に思わずこちらも強張ってしまう。泉君は少し悩みながら口を開いた。

「三橋のこと……その、好きなのか?」
「え?」
「いや、冗談とかからかってるわけじゃなくて。真剣に、答えてほしいんだけど…」
「……す、好き…うん、好きだよ」
「そっか」
「でも…何で?」
「アイツも、同じだから」
「お、同じ…?」

どくんどくん。心臓が嫌な音を立てる。激しいくらいの鼓動に息が止まりそうだった。泉君の言葉ひとつひとつが胸を責め立てて、吐き気がする。私が少し息を吐くと、泉君は心配そうに見つめてきた。「大丈夫だから、続けて」と返すと泉君は続けて口を開く。

「…アイツ、すごい期待してるんだよ」
「、」
「滅多に自分の気持ちとか話したりしないアイツが、苗字のことだけは楽しそうに話す。何度も何度も、まるで惚気話みたいに俺に話してくる」
「な、なんで…」
「田島に少し聞いたから、まあお前が阿部を気にしてるってのも知ってるんだけど…つか見てて分かるし…」

つまり泉君が何を言いたいのかが分からなかった。私がただひたすらに泉君の言葉に耳を傾けていると、ついに決定的な一言が浴びせられる。

「この際だからハッキリ言うけど、三橋のチームメイトとして言わせてもらえば、三橋の事本気で好きなわけじゃないのに三橋に変な期待させないでほしい。アイツに期待させるだけさせといて阿部に行くとか、そういう真似だけはしないでほしい」
「、!」

息がつまりそうだった。泉君の真っ直ぐな視線から逃げられなくて、ただ見つめ返すだけ。泉君は私の顔を見てから少し困ったように「何か、責めるような事言って悪い」とだけ呟いた。

「苗字が三橋に本気なら、それで良いんだ。だけど本気じゃないなら、」
「い、泉く、」
「三橋の気持ち、考えてやってくれ」

それじゃあ、と言って泉君は保健室を出て行った。一人残された私は、ただ唖然とシーツを握りしめる。どうしていいのか、もう、分からなくなってしまっていた。


 20130214