sketch | ナノ
「あ!名前じゃん!」
私がグラウンドに入った瞬間、田島君が抱き着いてきた。思い切り抱き締められたせいで田島君の体重を支えられず、後ろに倒れ込む。しかし、後ろにいた人物に受け止められた。

「!あ、阿部君…」
「おい危ねーだろ、田島」
「わりーわりー!」
「ご…ごめんね阿部君、大丈夫?」
「ああ大丈夫」

 田島君が不満そうな顔をしながら私から離れる。私が阿部君を見ると、何だか微妙な表情だった。そんな雰囲気のなか、花井君が笑顔で「苗字、来てくれたのか」と声をかけてくれる。私も笑顔で返した。それから少し花井君と話していたら誰かが私の方を叩く。何かと思い振り返ればそこに立っていたのは泉君だった。

「泉君?」
「三橋なら居残りしてっけど」
「え?」
「あれ。三橋に会いに来たんじゃねーの?」
「え、あ…そ、そんな」
言いかけて、あれ?と思った。どうして私が三橋君に会いに来たと思ったんだろう。色々考えてみたけど結論は一つ。バレてる。泉君は私が三橋君を好きだという事に気付いてるって事だろうか。気付いてから顔を青くして首を振った。

「ち、違うよ!きょ、うは…えっと、ただちょっと花井君に誘われたからであって…べべ別に三橋君に会いにきたとかじゃ、ないから!!」
「うわスゲー挙動不審。三橋みたい」
「へっ?」
「あ、いや…なんか悪かったな。そーいうつもりで言ったんじゃなかったんだ」

じゃあどういうつもりで言ったんだろう。疑問に思ったけどこれ以上この話を続けていると私の心臓が壊れそうだったから止めた。得策だ。
 私が心拍数を抑えるようにして深呼吸をしている間、泉君は何やら意味ありげに私を見つめていたがそれはすぐに後ろに立っていた花井君によって阻止された。

「んじゃそろそろ練習はじめっか。モモカンもすぐ来るだろーし」
「おー、そうだな」
泉君の返答と共に花井君が皆に指示を出す。すぐにストレッチを始めた皆を見つめながら私は深い息を吐いた。(つ、疲れた…)
 それからしばらく見学していたけれど、ふと気付けば、つい阿部君を目で追ってしまっている。
「…はあ」
未だに自分の気持ちがハッキリしない。阿部君の好きな人が誰なのか気になるのに、知りたくないし興味もないと思う自分がいる。
 ベンチに座って皆の練習を見つめていると、倉庫の方から元気な声が聞こえてきた。

「名前ちゃーん!」
「!…千代ちゃ、」
声の主が千代ちゃんだと気付いて、私は少し戸惑った。先ほどの昼休みのことを思い出して気まずく思う。阿部君のことを好きな千代ちゃんの前で阿部君は最低だなんて口走ったことを後悔していると、千代ちゃんが私の肩に手を置いて笑った。

「さっきはありがとう」
「‥え?」
「名前ちゃんが私のことを想って阿部君を最低だって言ってくれたこと、ちゃんとわかってるから。だからそんな顔しないで」
「!」
言い終えた千代ちゃんがまた笑う。じんわりと頬が熱くなって、罪悪感と嬉しさと安心が入り混じる。私が何も言えずに千代ちゃんを見つめ返すと、千代ちゃんが言った。

「今日は三橋君いないんだね」
「あ、居残りらしい…よ」
「残念だね」
「っべ、別にそんなんじゃ…!」
「あはは、名前ちゃん顔真っ赤だよ!」

無理に話を逸らされたのは私でも分かる。千代ちゃんだって無理してる。それも全部気付いたけれど、あえて気付かないフリをした。これ以上私が阿部君について何か言ったら、また千代ちゃんを傷付けてしまうと思ったから。

「ねえ千代ちゃん」
そっち口を開いて、千代ちゃんに笑い返す。
「ありがとう」
「えっ?」
唖然とした千代ちゃんを見て少し笑った。私は練習している皆に視線を戻す。

「千代ちゃんにまた好きな人ができたら、その時はちゃんと、心から協力するって約束します」

(だから、今回だけは許してなんて。言ったら千代ちゃんはどう思うんだろう)
(名前ちゃんの言いたい事なんて最初から分かってた。阿部君の好きな人が名前ちゃんだっていうことも)

 
20130213