sketch | ナノ
※17話を書き直した内容と繋がってますので、書き直し前の内容しか読んでない方はもう一度17話をお読みください。


 四時限目が終わって、給食の時間になった。千代ちゃんが一緒にお弁当食べよう、と誘ってくれて、私達は二人で屋上へと上がった。
ちらほらと人がいる屋上にも、阿部君の姿はなかった。適当な場所に二人で腰を下ろし、お弁当を広げる。ふと千代ちゃんが口を開いた。

「あのね、名前ちゃん」
「ん?」
「私、フラれちゃった。阿部君に」
「、……そ、そっか…」
「応援してくれるって言ってくれたのに、…何かごめんね。あと、ありがとう。もう阿部君のことは諦めることにしたんだ」
「…あ、阿部君も、酷いよね」
「、」
「ち、千代ちゃんみたいにすっごく可愛くて優しくて、頑張り屋さんな女の子をフるなんてさ!ひ、酷い男だよ…阿部君は」

 少しばかり震える私の手先に、千代ちゃんは気付いているのかいないのか分からなかった。だけど小さく控えめに笑って、「ありがとう」と千代ちゃんは言った。今にも泣きだしそうな表情だった。

「…あ、阿部君はね…好きな子がいる、の」
「え?」
「私よりも良い子なんだと思う…」
「それって、阿部君から聞いたの?」
「ううん、なんとなく。…なんとなくだけど、多分、ほんと」
「……、そっか」

沈黙が続く。お弁当を突くお箸の音だけが響いたように感じた。千代ちゃんの大きな目からボロリと大粒の涙が溢れ出る。私はハッと千代ちゃんを見た。

「ち、千代ちゃん…!」
「な…何で、だろ…。何が駄目なんだろ、わ、わたし頑張ったのに…。阿部君の好きなものとか、嫌いなものとか、覚えて、阿部君の趣味に合わせて…それなのに、それなのに、なんでっ…!」
「っ、」

何も言えなかった。わああと声を出して泣きだした。ぼろぼろと零れ落ちては、千代ちゃんの手によって乱暴に拭き取られる涙。(なんで、何で)なんで、千代ちゃんが泣いてるんだろう。何で阿部君は、千代ちゃんを泣かせるの。なんで、阿部君は、

「さ…い、てい」
「、っ名前ちゃん…?」
「最低、最低、だよ。阿部君、なんでこんなに、頑張ってる千代ちゃんのこと、泣かして、っ最低…最低よ、阿部君なんか…!」
「ご、ごめん、ごめんね名前ちゃん、阿部君…最低じゃないの、だから、ごめんね、ごめん」

――阿部君は最低だ。


 昼休みが終わって、午後の授業が終わり、やっと放課後になった。久しぶりに花井君が放課後練習の見学に誘ってくれたから、行かせてもらうことにした。野球をしてる三橋君をまた見たかった。
帰りの支度をして、鞄を持って教室を出ると誰かにぶつかってしまった。(そういえば、前にもこんなことあったな)その時の相手は確か三橋君。私が顔を上げると、そこには阿部君の姿があった。

「、え?」
「…苗字……」
「阿部君、今までどこ行ってたの?」
「…保健室だよ」
「具合悪かったの?」
「いや、そういうわけじゃねえけど」

阿部君は普通に返してくれた。(さっきのこと、もう忘れちゃったのかな)気まずいと思っていたのは私だけだったらしく、私が「サボり、いけないんだ」と言うと頭を小突かれた。

「お前って田島よりチビだよな」
「も、もうすぐ大きくなるの」
「っぷ、もうすぐっていつだよ。たぶん一生こねーだろ」
「うっうるさいな!」

そんな会話をした後、ふと阿部君が聞いてきた。

「つかお前、今から帰んのか?」
「え?ううん、野球部の見学行こうかなって思って」
「…また花井に誘われたのか」
「うん」
「花井って絶対お前のこと好きだよな」
「っ、え、」
「冗談だよ。じゃあ一緒に行こうぜ」
「あ…う、うん」
「お前今日キョドりすぎじゃね?三橋みてーになってんぞ」
「み、三橋君はもっと恰好良いよ!」
「!」

阿部君の足が止まった。私は不思議に思って阿部君に声を掛ける。「…阿部君?」だけど返事は返ってこなかった。今日の阿部君はよく分からない。いきなり消えたと思ったら、今度は優しくしてくるし。普通に、笑ってくれたし…。
 ふと、阿部君が呟いた。

「…お前ってさ、マジで三橋の事好きなんだ」
「え……?」
「……いや、何でもない。つか早く行かねーと遅れる…行こうぜ」
「あ、…うん」

また歩き出した阿部君の後ろを追いかけて、少し思う。千代ちゃんが言ってた阿部君の好きな人って、誰なんだろう。


 20120708