sketch | ナノ
「千代ちゃん!」
「っあ、名前ちゃん…」
昼休みが終わって放課後になった。さっきのメールの内容が気になって、私が走って千代ちゃんの元まで行くと千代ちゃんは柔らかく微笑んだ。
「さっきはメールありがとう」
「ううん…私の方こそ、ありがとう。名前ちゃんが私に気使ってくれてたの、何となく分かったから」
「うん…千代ちゃんの恋、協力したくて」
「それだけで十分嬉しいよ」
千代ちゃんは大人だ。
私が千代ちゃんの恋に協力しようとして空回っても、文句ひとつ言わない。千代ちゃんも千代ちゃんなりに、気を使ってるんだと思う。
「…今日の放課後、告白するの…?」
「うん。もうウジウジしたくなくて。それに阿部君ってモテるでしょ?他の子に取られたくないから」
千代ちゃんは、強い子だ。そして何より、勇気がある。私なんて、三橋君に話しかけるだけでも大変なのに。千代ちゃんは告白をしようとしてるんだ。
「応援…する。私なにもできないけど、千代ちゃんの恋、実ってほしいから」
「うん、ありがとう名前ちゃん。ほんとに、ありがとう」
それから千代ちゃんと他愛もない話をして、放課後がやってくる。ホームルームが終わり、クラスメイト達は部活に向かおうと教室を出ていく。私も帰宅しようと、教室を出た。すると、
「苗字」
「え?あ…何ですか」
いきなり声をかけられたかと思えば、担任の先生だった。(びっくりした…)
「今から職員室に来るようにと、篠岡に伝えてくれないか」
「あ、分かりました」
先生はそれだけ言って、去っていく。残された私は、まだ教室に残っているであろう千代ちゃんの元へと走る。
「千代ちゃん!」
「ん?どうしたの?」
「先生が、今から職員室に来るようにって……タイミング悪いよね、私が阿部君を足止めしとくから、行っておいで?」
「あ、ありがとう…!すぐ戻るから、よろしくね」
「任せて!」
千代ちゃんは急いで教室を出ていった。私は阿部君の元まで行き、声をかける
「阿部君、」
「…なに?」
「ちょっとさ、ここにいて」
「は?お前何言ってんの。俺今から部活…」
「良いから!」
私は声を上げて阿部君の腕を掴む。すると阿部君はため息をついてから、またすぐ苦笑した。(あ、あれ…?阿部君、笑った…)
「…強情なやつ、お前って」
「!わ、悪かったわね…」
「んで、用って何?」
「ちょっとここで千代ちゃん待ってて」
「は?何で篠岡?」
阿部君の眉間に皺が寄った。それにちょっとビビって、私は思わず息を止める。それから五秒くらい沈黙が続いて、私は思わず阿部君から視線をそらす。(阿部君…まったく勘付いてない。それどころか、たぶん今までの千代ちゃんからのアピールにさえ気づいてないんじゃない?これって…)
「…お前さ、なんでそんなに俺に篠岡のこと言ってくんの?体育の時だってお前、」
「この鈍感バカ」
「は!?」
「とにかく千代ちゃんが来るまで待ってて」
阿部君は解せぬといった顔で私を見つめる。それから少し沈黙が続いた。窓の外を見てみると、そこには少しずつ暗くなっていく空が見える。(部活やってる人達って、たぶん空が真っ暗になっても練習するんだろうな…)
すると阿部君が、いきなり口を開く。
「お前と花井ってさ、」
「え?」
「付き合ってんの?」
「…な、何言ってんの。私が好きなのは三橋君だし、花井君はただの友達」
「お前さ、マジで三橋のことそんなに好きなわけ?」
「……うん。そうだよ」
「無理だろ、ゼッタイ無理」
「っ!は、花井君は脈アリだから頑張れって言ってくれた!!」
「それは花井の価値観の問題だろ?俺はゼッタイ無理だと思うね」
「っ、それだって阿部君の勝手な決め付けじゃない!」
思わず叫んでしまう私を見て、阿部君は黒い笑みを浮かべる。次には鼻で笑った
「…とにかく私は三橋君が好きなの」
「そーかよ。っつか、篠岡が俺に用あんの?」
「え?う、うん。そうだけど」
「なら俺が職員室に行った方が早くね?ここで待ってんの面倒だし」
そう言って、阿部君は教室を出ようとした。それに反射して、私は思わず阿部君の袖を掴む。
「まって、」
「……え」
阿部君は呆気とした顔で私を見つめた。
あれ?私、なんで、
「行かないでよ…」
(私、何言ってるの?)
「苗字…?」
「阿部君、」
阿部君の名前を呼ぼうとした途端、私はなぜか阿部君の匂いに包まれた。優しくて落ち着く匂い。私は抱き締められていることに気付く。
「…え?え、」
「っ、やべ、わりィ」
「あ、べく…」
阿部君はダッシュで逃げて行った。私はただ棒立ちする。何が起こったのか理解できなかった。
(私…阿部君を千代ちゃんの所に行かせたくなかった…?いや、そんなわけ…だって千代ちゃんの恋を応援したいのは本当だし、…だったら何で、いやそれよりも…)
何で阿部君は、私を抱き締めたの?
「私が好きなのは……」
(三橋君、なハズなのに…)
なかなか三橋君の顔が浮かばなくて。それよか、阿部君の顔が頭から離れない。
(わけ分かんない、阿部君も私も)
20120516