sketch | ナノ
「苗字が俺に言ってくれた言葉ひとつひとつがスゲー嬉しくて…全部覚えてるんだ、忘れてない。苗字、俺と付き合ってくれ」
――花井君に、告白された。それと同時に、手の中にある携帯が揺れた気がしたけど、そんなのも気にならないくらいに私は唖然としていたんだと思う。

「は、ない君…?好き、って、え、」
「苗字は阿部の事、好きじゃないんだろ?だったら、」
「私は…」
「!」

 携帯をこれでもかというくらい握りしめれば、あふれ出てくるような手汗。緊張、してる。すっごく、今から言う言葉で花井君を傷つけてしまうんじゃないかという恐怖感と、罪悪感。(それでも私が好きなのは…)

「私、三橋君のことが好きだから。だから…ごめんなさい」

花井君の目が見開かれる。(ああ、言ってしまった)生まれて初めてされた告白は、呆気なく終わった。そんな事を考えていると、花井君は辛そうな顔で「そっか」と口を開く。

「俺、さ。安心してた」
「え…?」
「苗字、阿部の事好きじゃねえって言ってたからさ…正直、いけるかなーって。自惚れてた」
「……っ、ごめ、ん」
「お前が謝る事じゃねーだろ!」
「!」

ぽん。花井君の大きな掌が私の頭に乗っかって、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる。それは嫌じゃなくて、むしろあったかくて。私は少し安心する。

「あー、それにしても三橋かよ。なんかスゲー敗北感…」
「は、花井君」
「ん?」
「…ありがとう」
「は?」

花井君は呆気とした顔で私を見た。気付けば自分が泣いていることに気付いて、慌てて涙をぬぐう。

「好きって、言ってくれて…嬉しかった」
「っな、おま、そういう事言うなよ…諦めきれなくなるじゃん」
「!あ…ご、ごめん」
「でもまあ」
「…!」

いつもの笑顔で、花井君は笑う。

「頑張れよ。正直さ、脈アリだろ。応援してっから」
「…ありがとう。頑張ってみる」
「頑張る、だろ?」
「阿部君にね、」
「阿部?」
「うん。…無理だろって言われて、すごい馬鹿にされたから。自信無くて、さ…」
「……ふーん、阿部がねえ…」

花井君は苦笑して、「アイツも素直じゃねーなあ」と私に言う。(え?)
 よく分からないけど、花井君はとても優しくて心が広くて、良い人。それがすごくよく分かった。好きと言われたのは驚いたけど、嬉しかったし、花井君が良いならこれからも友達でいたい。気まずくなるのは嫌だった。

「あ、もう昼休み終わるね…」
「そうだな。んじゃ戻っか」
「うん。…あ、千代ちゃんからメールだ」

さっき携帯が震えていたのを思い出し、ディスプレイを確認した。新着メール一件の文字があったから、メールを開く。その瞬間、私は硬直した。

「…え?」
「ん、どうした苗字」
「あ…ううん、何でもないよ」

花井君に心配されて、慌てて携帯をしまう。無理に笑顔をつくって、花井君の後を追いかけた。メールの内容が頭から離れなくて、私は焦っていた。私が焦る事じゃないハズなのに。

『名前ちゃん、あのね。私今日の放課後、阿部君に告白することにしたの』

 20120515