sketch | ナノ
(花井目線)

あの日、阿部と苗字の様子がおかしかった。得に苗字。男女二人のペアを決める時、妙に篠岡と阿部を意識してた。阿部に誘われても、しきりに篠岡篠岡言ってたし…何かあったのか?

 とにかく俺は苗字から頼まれた伝言を阿部に伝えようと、体育の授業が終わった後、阿部の元へと駆け足で向かった。

「阿部!」
「…花井?」

阿部を俺を見て顔を顰める。…それにしても苗字は何つーか、恥かしがり屋?…いや、素直じゃないんだと思う。(っつかそれ以外ありえねーわな) "さっきはごめん"の一言くらい、自分で言った方が早ェのに。

「あのさ、ちょっと話あるんだけど…良いか?」
「話?別に良いけど、なに?」
「苗字から伝言」
「!…苗字から?」

(苗字の事となるとヤケに反応すんだな…)

「さっきはごめん、だとよ」

阿部は固まった。唖然と俺の顔を見て、そしてハッと目の焦点を合わせて俺に言う

「…そんだけか?」
「ああ」

すると阿部は、バツの悪そうな顔をして体育館を出ようとする。そんな阿部の背中に、俺はまた声をかけた。阿部は「何だよ、まだ何かあんのか?」と言って俺に向き直る。(何か…スゲー敵意を感じるような…)

「阿部と苗字って、さ…何つーかその、…付き合って、んのか?」
「…はァ?」
「い、いやだから!阿部と苗字ってヤケにお互い意識してるっつか…ああもう分かんねーけど!とにかくどうなんだよ!?」
「付き合うって…そもそもお前、前にも同じような質問しなかったか?」
「え?あ、いや、まあそうだけど…」
「あン時も言ったろ?俺は別に苗字の事なんて好きじゃねェって」
「や やっぱ、そうだよな!変な事聞いて悪かった!」

そう言葉を並べて、俺は阿部の横を通り抜けて走って教室へと戻った。その途中で水谷に会って、水谷は笑顔で「阿部と何話してたの?」と聞いていたのが無償にムカついて、俺は「べつに」と不機嫌に答えてやる。水谷は全てを知り尽くしているような目で「苗字さんの事でしょ」なんて言ってきた

「は…何でお前まで、」
「ん?」
「!……何でもねーよ」

(な、何か今、水谷の笑顔に鳥肌立った…!)

「花井はさ、苗字さんの事が好きなんだろ?」
「……は?」
「苗字さんの事になると、ムキになる。それが何よりの証拠だと俺は思うよ」
「…俺が、苗字を…?」

そんなわけないと、今までずっと信じこませてきた。だって苗字は、ただのクラスメイトで。そりゃ苗字の笑顔に応援されたいとは思った。だけど好きだとか、そういうのは考えた事がない。
 だって阿部はきっと苗字の事が好きで、苗字も少なからず阿部を意識していて、それは俺にだって分かる。それくらい、あの二人はお似合いだし、俺の入る隙間なんてない。なのに、あの体育の時、苗字が俺とペアを組んでくれた事が異様に嬉しくて、たまらなかった。

『頑張れっ、主将!!』

あの時初めて見た苗字の笑顔を思い出した

「……、」
「早く自分の気持ち伝えないと、阿部に取られるよ?」
「う、っせー」

水谷はニコリと笑って俺から離れて歩いて行った。そんな水谷の後ろ姿を、俺は唖然と見つめる。(何だよ、あいつ……)

 俺が、苗字の事を好き?そんなの叶わない恋に決まってるだろ。それなのに俺まで、苗字の事になるとすぐムキにになって…これじゃ阿部と一緒だ。


(阿部と苗字が両想い…それで良いだろ)
(なのに何で俺は、こんなに苗字の事意識してんだよ、馬鹿みたいだろ)

 20120415
 花井も素直になれない