yamikumodays | ナノ
「はじめまして苗字ですよろしく」
黒板の前に立って無表情でそう言った転校生、苗字名前。俺のクラスに転校生が来るとか女子が騒いでたから男なのだと思い期待はしていなかったが(かといって女子だったら期待するのかっていうのは別の話)、正解だ。期待をしまくっていた女子達は唖然として苗字を見る。

いかにも重い雰囲気を振りまいたその態度。だるそうな表情に、座った目。話しかけるなオーラが出ているというか、コイツ不良?
苗字は薄くため息をついて先生に言った。「俺の席ってどこですか」先生も少し拍子抜けしている様だ、少しばかり焦ったような顔で「ああ、席は狩屋の隣だ」ってちょっと待て俺の隣かよ!?「狩屋?」「ああ、狩屋手を挙げなさい」「ハ、ハイ」「あいつの隣に空いてる席があるだろう?そこに座りなさい」「ああ分かりました」

苗字は表情ひとつ変えずにスタスタとこちらへ歩いてくる。どういうわけか心臓がバクバクと激しく鼓動を始めた。「アンタが狩屋?」「!…ああ」「んじゃあよろしく」「あ、ああ…」そのまま苗字は席に座った。先生も苗字が席についたのを確認してから、「じゃあ苗字君は今日からこのクラスの生徒と言う事で、皆仲良くするように」と笑顔で言った。俺はまさかこんな事になるなんて思ってもいなかったから朝から気分ガタ落ちなわけで。(これが女子ならまだマシだったんだけどな…) 苗字に気付かれないように溜め息をついた


ホームルームが終わって10分間の休み時間。俺の隣の席には行列なのか人だかりなのか分からない位のざわつく空間が出来上がっていた。

「ねえ苗字君って前はどこの中学校にいたの?」「天河原中」「彼女っている?」「いないけど」「好きな食べ物って何?」「のど飴」「部活は決まった?」「帰宅部」
隣で飛び交う激しい質問。苗字は面倒そうな顔をしながらも、その質問に律儀に答えていた。俺はそんな苗字を見つめながらも、その回答に耳をやる。…そーいや天河原って、廃校になった学校だよな…それってサッカー部(つまり俺達)のせいで廃校になったわけだろ?うっわ気まず。

しばらくすれば授業の始まりを告げる鐘が鳴って、苗字の周りの人だかりも消えて静かになった。俺もいつものように机の上にノートやら教科書やらを並べる。すると、いきなり隣から声がした

「うっぜ」

一体何が起こったのか分からなかった。俺はその声の主を確認しようと隣に目をやる。………やっぱりだ、やっぱり苗字の声だ。今何て言った?うっぜ…うざいって言ったよなコイツ。うわ性格悪いな

「何?」
「え?」
いきなり浴びせられた声にハッとして苗字を見れば、苗字は座った目で俺をガン見している。…あれ、俺いま、

「……朝からずっと俺の事見てたけど、何か用?」
「は…?」
「いや、「は」じゃなくて」

何か用でもあんの? もう一度、ハッキリとそう問われた俺の頭はパンク寸前。どう答えたら良いのか分からないピンチ。しかも俺、朝からずっとコイツの事見てたのか?どうやら無意識らしい自分の視線に呆れてしまう

「まあ用がないなら良いんだけど」
「あ、あのさ」
「…なに?」
「天河原、って」
「それが?」
「お前の、前にいた中学だろ…?」
「そうだけど」
「…廃校になったって、」
「そうだけど」
「だから雷門に来たのか?」
「……何だよいきなり。ああアンタ、サッカー部?」
「え」

何で知ってんだコイツ。俺は図星な表情で「そう、だけど」と答える。すると苗字は興味なさそうな声で「ふーん」と呟く

「…知ってんのかよ?」
「何を?」
「雷門サッカー部のせいで、天河原中が廃校になったって」
「ああ知ってるよ。それで?」
「恨んで、ないのか?」
「はあ?」

苗字は拍子抜けした顔で俺を見る。(うわ、こんな顔すんのかよ) 

「…だって、要するに俺達のせいで天河原は廃校になったわけだろ?普通なら雷門の事恨むとかすんじゃねえの」
「……そういうの、嫌いだから」
「え?」
「だいたいサッカーなんて興味ないし。フィフスセクターがどうとか詳しく知らねえし、廃校になったのは仕方ねえ事だし。俺が雷門を恨む理由がどこにあるよ?」
「…!」

苗字は軽く首を傾げて俺を見つめる。そのアイスグリーンのように透き通った瞳が俺を責めたてたような気もしたが、俺は溜め息をつきながら反論をしようとする「でも、」「はい静かに。授業始めるぞー」なんて先生の声によって、俺の声は苗字に届かず掻き消された


隣の席の苗字君
(それが全ての始まりだった)


 20120129