yamikumodays | ナノ
 静かな夜だった。虫の鳴き声も聞こえない。風の音も聞こえない。名前は声を殺して涙を溢れさせた。その口元は今までの苦しい人生への後悔と苦痛に歪んでいる。そんな他人の涙を、俺は一緒に悲しめるようになった。名前が俺を変えたんだ。人の気持ちを理解できる人間にしてくれたんだ。

「名前が好き」
「は…?」
「好きだからこそ、俺が名前を変えるから。だから、だから……」

自分の手が震えているのに気付いた。名前の長いまつ毛と円かな瞳が俺に向いたまま、反らない。名前の視界には、俺だけがいる。それなのに足りなくて、名前にもっと求めてほしくて。俺は椅子から立ち上がって名前を抱きしめた。

「マ、サキ」
「何で泣くんだよ…」
「え、」
「お前、もう一人じゃねーのに。何で、俺の前で泣くんだよ」
「マサキ……ごめん、マサキごめんな…」
「名前のこと好きなの、俺、こんなに好きなのに、それなのに名前は…」
「お、れだって。マサキが好きだよ」
「、え?」

 虫の声が聞こえてきた。静かな夜が明るくなっていく。それと同時に、名前の瞳からまた涙が溢れた。俺の瞳はまん丸く開かれる。

「好きでもねえ奴の家とか、そう簡単に泊まんねえから…」

ぎゅう。強く抱きしめ返された。背中に回った名前の手が、腕が、愛おしくて。温かくて、思わず笑みがこぼれる。ありがとう名前、好きになってくれてありがとう、好きにさせてくれてありがとう。俺も名前をもっと強く抱きしめた。

「好きだよマサキ。友達になってくれて嬉しかった」
「んなの…当たり前だろ、俺が名前と友達になりたかっただけだし。俺の為だから」
「嘘だ、俺の為でもあるくせに」
「…この自意識過剰」
「だって好きだから」
「!」
「マサキのこと、好きだから。だから自意識過剰になるの。悪い?」
「……別に。悪くねーよ、馬鹿」
「はは、素直じゃねえの」

お前は素直すぎだよ。今までと同じ人間とは思えないね。
 俺の手の平が、名前の頬をつつみこむ。名前の頬はやわらかくて温かい。

「頬が柔らかい奴って、エロいんだって」

だからお前、エロいんだ。
名前の頬を抓って、笑って言ってやった。名前はクスリと笑って、俺の頬を抓り返す。あ、マサキもエロい。そう言った名前はすごく楽しそうで何よりだった。俺はこいつの笑顔がみたい。こいつを泣かす奴は絶対に許さない。俺が守る。俺が変える。

「ありがとな、マサキ」

――大好きだよ。

神様に誓う
(お前だけが俺の愛しい人間であると)

 20120621