yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
「ちょっとさ、そこのお前!」
「え?」

 視界に入ってきた赤髪。私を指差して無邪気に笑っているその人は、テニス部のユニフォームを着ていた。

「あの、何か用ですか?」
「お前赤也と仲良かったよな」
「え?あ、いや仲が良いというわけでは
「これ、赤也に渡してくれねーか?」

どうやらこの人は人の話を聞かないらしい。しかし手に持っていたものが気になった。それとこの人、三年生だよね?よく分からないけど二年にこんな人はいなかったと思う。赤也の先輩か何かだろうか。その先輩が持っていたものは、紙袋だった。

「紙袋…ですか?」
「ああ、前に借りてたゲームなんだけどよー…今アイツ英語の担当に説教くらってるらしくてさ。俺用事があるからもう帰らなくちゃいけなくて、だから代わりに渡しといてくれよい」
「はあ……分かりました。赤也に渡せばいいんですよね」
「…"赤也"?」
「え?」
「いや。何でもねえ、よろしくな」

目をぱちくりさせて私を見たその先輩は、大きな手を私の頭に乗せて無邪気に笑う。あ、可愛い人なんだな。赤髪がとてもよく似合う中性的に近い顔立ち。この人がテニスをするなんて意外な様に思えるが、ユニフォームを着ていると言う事はレギュラーということだろうか。(あとで赤也に聞いてみようかな…)

「あ、そうだ。お前、名前は何て言うんだよい」
「私ですか?苗字です」
「そっか苗字か。よし覚えた、そんじゃよろしくな、苗字!」
「あ!あの先輩は何て言うんですか?」
「え?お前俺の事知らねーの?」
「す、すみません…」
「けっこー有名だとは思ってたんだけどな。まあ良いや、俺は丸井ブン太っつーの」
「丸井先輩ですね、分かりました」
「おう、気が向いたら名前呼びでよろしくな」

そう言われたから苦笑を返した。丸井先輩はひらひらと手を振って去って行く。私も控えめに手を振り返して、その場を去った。教室に戻る途中で、ふと手に持った紙袋の中にあるゲームがどんなゲームなのか気になって、ついつい紙袋の中をのぞく。

「……格ゲー?」

それは多分、格闘ゲームか何かだと思う。少し予想と外れて何だかつまらないような気もしたが、特に気にせずに教室へと戻った。すると友達に声をかけられたものだから慌てて紙袋を鞄にしまう。何かと思い友達の方へ寄っていくと、何やらニヤニヤした顔で見られた。

「どうしたの?」
「いや、ちょっとさ。さっき水野に、名前のこと呼んでくれって頼まれたの。放課後、裏庭に来てほしいって言ってたよ」
「…水野君が?」

思わず首を傾げてしまう。水野君は隣のクラスの子で、女子には大分人気があるようだけど私は話した事も、ましてや関わった事もない。そんな私に何の用があるのだろうか。友達に聞いてみたけど、それ以上は教えてくれなかった。

「名前ってかなり鈍感よね」
「え?」
「あーううん、何でもない」

さっきから友達はニヤニヤするばかりで、何だかよく分からない。(鈍感…?)まあ深い事は気にせずに、放課後になったら裏庭に行ってみよう。行けば用件も分かるもんね。
 それから放課後、私は急いで鞄に教科書やらを詰め込んで教室を走り出る。水野君に呼ばれていたと言うのに、先生につかまってしまい雑用をやらされてしまったのだ。時間はそれほど長くながったが、それでも水野君を待たせるのは悪いと思い全速力で走った。

「!」
裏庭に行くと水野君が立っていて、私に気付いた矢に先手を振って笑いかけてくれた。(水野君の顔、初めてちゃんと見た気がする…)

「っはあ、ごめんね!先生に雑用頼まれちゃって…」
「いや大丈夫だから気にすんなって。それより、アイツから話聞いた?」
「え?あ、えっと裏庭に来てっていうのは聞いたけど…何の用?」

私がそう聞くと、水野君の肩が上がる。私はキョトンと首を傾げ、「水野君?」と問いかけた。水野君の頬がだんだんと赤くなり、私が何となく場の空気を察した時だった。

「あのさ、俺ずっと前から苗字の事が好きだったんだ」
「………え?」
「話したのも今日が初めてだし、同じクラスになった事もなかったけど…ずっと見てた」
「み、水野君、」
「良かったらで良いんだ、俺と付き合ってくれないか?苗字と好きな先輩の苗字先輩って仲良いし、それに最近…切原とも仲が良いって聞いてるから…」

水野君の顔はだんだんと曇っていったけど、それでも最後にハッキリとこう言った。

「俺なんかじゃ駄目だって分かってるけど、それでも俺と付き合って欲しい。」
「!あ、え、あの、わ…私、好きな先輩の苗字先輩の事は何とも思ってないし、それに赤…切原とも何の関係もないから!だから、えっと…」
「じゃあ良いのか?」
「あ、いや…そうじゃ、ないけど……ご、ごめん。ちょっと考えさせてもらって良いかな」
「ああ!もちろん、考えてくれるなら…嬉しいよ」
「ありがとう…」

 顔を真っ赤にさせて笑う水野君を、真正面から見れなかった。告白されたのは生まれて初めてじゃない。今までも何回かされた事があるけど、いつも断ってきた。きっと多分、水野君の事も…断って、しまうと思う。だけど少し考えよう。今は突然の事に頭がパンクしてしまいそうだった。

「それじゃあ、俺部活があるから…」
「う、うん!分かった、部活頑張ってね」
「!!…やばい、めちゃくちゃ頑張れる!」

素直に顔を赤くさせてそう言ってくれた水野君に、思わず胸が締まった。初めて話した水野君の印象はとても優しくて良い人で。どうして私なんかを好きになったのか理解し難いほどだった。(聞いておけば良かった…)

「……まだ、ドキドキしてる…」
ぽつりと呟く。うるさいほどに高鳴る心臓は、しばらくは止まらなさそうだ。私は真っ赤な顔を少しでも冷まそうと、顔を洗いに水道へと向かった。

 20120804