yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
 昨日は本当に散々な目にあった。あれから私は変態男の頬をビンタして私の自室と聞かされていた部屋に引きこもった。変態男が寝たであろう深夜にお風呂に入ってそのまま寝た。新しいベッドはあまり良い寝心地ではなかった。きっと慣れないせいでもあるんだろうけど。
小鳥が囀るような音で目を覚ますと、ついに人生が終わったような気分に襲われた。目の前にあったのは、昨日私に散々な嫌がらせをした変態男の顔だった。私は声にならない悲鳴を上げて、変態男から距離をとる。

「っな、なな、な、なん、なんで…!」
「アンタどんだけ驚いてんだよ。起こしに来てやったってのに」
「う、嘘!今寝顔見てたでしょ!!」
「バレた?随分アホな顔して寝るんだなーって感心してたんだよ」
「馬鹿!馬鹿馬鹿っ、出てって変態!」

怒鳴り散らして変態男の頬をビンタしようとしたらその手はあっさり変態男の手に掴まれて、そのままベッドに押し倒される。(この展開は確か昨日と同じ…)この男は本当に変態だ。私は男の股間を蹴って逃げようと試みた。しかし、すぐさま足の間に男の足が入ってきて、思うように動けない。

「アンタさ、どこの中学?」
「……立海」
「あ、じゃあ同じじゃん」
「だったら、な、何よ」
「何部入ってんの?」
「…バスケ部」
「ふうん、バスケ得意なのか?」
「ぶ、部長にエースの座、もらったの」
「ああ、だから転校したくなかったワケ?以外と強情な性格なんだな」
「!」

うわ、今思いっきり心に来る台詞言われた。確かにエースをもらった事は私がここに残った理由の一つでもあるけど、それをこの変態男に言われるとどうもイラッと来る。(しかも学校同じだったし…)

「アンタ一年?」
「な…失礼な。二年です。そういうあんたこそ何年なのよ」
「二年だけど、俺二年のフロアでアンタ見たことないぜ…名前は?」
「…苗字名前」
「え、マジで?俺の友達が苗字名前のこと好きだって言ってたんだけど」
「な…何よそれ、っていうかあんたは何て言うのよ」
「切原赤也。聞いた事くらいあんだろ?」
「ああ、私の友達がいっつも切原くん切原くんって騒いでた」
「マジ!?」
「嘘だけど」
「……アンタ、良い性格してんな」
「!」

 視界が暗くなった。何が起こったのかと、自分の目元に手をやってみる。すると次の瞬間、唇に何か生温かい物が当たった。信じたくない、信じたくなかったけど、視界はすぐに明るくなって目の前にあったのは変態男の顔。ああ、やっぱり、そうだ。

「気に入ったぜ、名前」
「…い、今、何して…」
「キスだけど。何だよ、貧相な表情だなー。もっとこう、色んな反応とか見せてくれても良いんじゃねえの?つーか……ぶっ、何だよそのアホ面!あははは!!」
「なっ何よ!あんたの方が百倍アホ面じゃない!」
「ふは、っははは!ハイハイ、良いから早く準備しろよ」
「……え?」

そういえば変態男は、既に立海の制服に身を包んでいた。私はぱちくりと瞬きをしてから、自分の服装を見る。…まだパジャマだった。(こ……これは、)

「はっ早く言ってよ!遅刻しちゃうじゃん!!」
「おー頑張れ頑張れ、あと十分だからなー」
「い、良いからあんたは先行ってて!」
「嫌だね、待ってる」
「はあ!?」

 思わず変態男を睨めば、変態男は「良いからさっさと準備しろよ」と傍の椅子に座った。しかしそんな変態男に構っている暇なんてない。私はすぐに制服に着替えようと、パジャマに手を掛けた。

「ふーん、生着替え見せてくれんのか?大胆だな」
「…へ!?」

ニヤニヤと笑う変態男の存在に今更気付き、私は真っ赤になって変態男を部屋から追い出した。文句を言う変態男の頭を叩いてやれば、変態男は部屋から出て行ってくれた。私はさっさと制服に着替えて、鞄を握る。そのまま玄関へと走っていけば、後ろから変態男が「朝食、食わねえの?」と問いかけてきたから「良いの、いつも食べないから」と答えた。

「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」
「大丈夫だってば」
「んじゃ、チャリで行くか」
「私自転車持ってないよ?」
「後ろ乗っけてやるよ」
「え、良いの?」
「遅刻するよりはマシだろ」
「あ……あ、りがと」

言われて渋々、変態男の後ろに腰を下ろす。その途端、いきなり自転車をこぎ始めた変態男に思わず悲鳴をあげそうになった。必死になって変態男の腰にしがみ付く。油断したら落ちそうだ。

「っちょ、ちょっと早すぎない!?」
「はあ?こんくらい普通だろ!もっとスピード上げても良いくらいだぜ!」
「何よそれ!」
「つーかお前、油断したらパンツ見えるぞ。大丈夫かよ?」
「っううううるさい!余計なお世話です!」

 少し浮いていた腰を沈めて、頬を膨らませる。爽やかだけど生ぬるい風が頬をなぞって、通り過ぎていく。校門が見えてきた所で、自転車は急停止した。

「っわ!」

フワリと自転車から飛び降りた変態男は、風のように素早くやわらかな仕草で私を自転車から降ろす。そのまま自転車を駐輪した所で、私に向き直って「セーフだったな!」と無邪気に笑った。その笑顔はまるで少年そのもので、昨日やら今朝やらにあんな事をしてきた変態男には見えなかった。

「アンタ、何組?」
「B組だけど…」
「何だよかなり離れてんじゃん」
「私は離れてて良かったって思うけど」
「うわ、お前自分の立場分かってんの?」
「…え?」

変態男はまたニヒルに笑って、私の顎に手を添える。私が唖然として変態男を凝視すると、「自分が下僕ってこと忘れんなよ」と言ってきた。(ここ学校なんだけどな…)周りに人が歩いてるって言うのに、この男はいきなり何を言い出すんだろうか。私は変態男を睨みたくなったが我慢して歩き出す。

「う、うるさい早く行かないと遅刻するでしょ」
「照れてんの?」
「照れてないです」
「すげーアホ面してるけど」
「!う、うるさい変態男!」

 それから変態男と二人で二年フロアまで着いた後、それぞれの教室へと入った。自転車に乗せてくれたことは感謝するが、下僕の話はまた別だから素直になんてなってやらないことにした。

 20120730