yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
 帰宅したが赤也の靴は無かった。また、だ。また帰って来てない。たった二日家に帰ってこないだけでこんなにも落ち込んでしまう自分が嫌になった。赤也が怒ってた理由も目を合わせてくれなかった理由も家に帰ってこない理由も分からない。

「…はあ」
溜め息を吐いて靴を脱ぐ。リビングへの扉を開けると閉めたハズの窓が開いていた。

「…、え?」
どうして。朝ちゃんと閉めたのに。この不可解な現象に焦り恐怖を抱いたと同時に、ひとつの原因を思い浮かべる。
きっと、赤也が帰ってきた。赤也は一度ここに帰ってきて、また何事もなかったかのように出かけたんじゃないだろうか。だとしたら今はどこにいるんだろう。どんな気持ちでいるんだろう。私は鞄をソファに投げつけて、家の鍵を閉め忘れていたことに気付き玄関へと向かった。しかし靴を履いて、ドアを開けようとしたその時。

ピンポーン

「!」

 ドアを挟んですぐの場所で、誰かがインターホンを鳴らした。
思わずドアノブに置いていた手を離す。ふと不安になった。赤也だろうか、それとも違うんじゃないか。期待はしていた。赤也だったら、何て声を掛ければ良いんだろう。
だけど、きっと赤也じゃない。
だってもしドアの向こうにいるのが赤也だったとしたら、インターホンなんて押すはずがない。きっと気ままで通り大雑把にドアを開けて、「ただいま」のひとつくらい言うだろう。

「…、」
意を決してドアを開けてみれば、そこには見慣れた赤毛があった。

「ぶ、ブン太先輩?」
「よう」

そこには右手をヒラリと上げて挨拶するブン太先輩。何事かと少し驚いてみれば、ブン太先輩は無邪気な笑顔で左手に持っている箱を見せつけてきた。

「?」
「これ。この前のケーキ屋で買ってきたんだけど、食う?」
「え?あ…い、良いですよ。ブン太先輩が食べて下さい」
「俺が一緒に食いたいんだよぃ。良いだろ?」
「一緒に?」
「ああ」

ブン太先輩はヘラリと笑う。学園祭で疲れていないんだろうか。
私はそんな先輩の笑顔につい気を許してしまう。ドアを大きく開け、「良かったら上がって下さい」と告げる。先輩の顔がいくらか明るくなった。

「サンキュ!」
「部屋は汚いですけど…」
「気にすんなって。ケーキ食えればそれで良い」
「あはは、ほんとにケーキ好きなんですね」
「まーな」

体重は大丈夫ですか?なんて死んでも言えなかった。



テーブルの上にマグカップを二つ置いて、牛乳を注ぐ。先輩が持ってきたケーキをお皿に移した。それでも箱にはまだ五つのケーキが残っている。これ全部先輩が食べるんだろうか…。

「そーいやさ、お前赤也と喧嘩した?」
「え?」

牛乳を飲もうとした手が止まる。先輩と目が合うと、心臓がバクバクと動き出す。「べ、別に…してない、ですよ?」とそう返すと先輩は「そっか」とだけ言って牛乳を飲んだ。

「何かさ、部活やってても集中力ねぇんだよなアイツ」
「赤也が…?」
「ああ、今日の部活でも怒られっぱなしだったし。だからてっきり名前と喧嘩でもしたんじゃないかと思って」
「な、何でそこで私が出てくるんですか」

ちょっと苦笑いして言えば、先輩は静かにマグカップを置いて小さく呟く。

「……あのさ、」

どうやら話題が変わるようだ。
私は少しばかり肩に力を入れて答える。

「は、はい」
「お前って…俺のこと、どう思う?」
「え?」
「い、いや!その…何つうか、お前っていつも俺と…仲良く、してくれてんじゃん」

ブン太先輩はぽつぽつと途切れながら言葉を発する。何故か嫌な予感がした。この言葉の先を、聞いてはいけない気がした。ただの勘だけど、何となく。本当に何となく。

「名前って、俺のこと、友達として見てる?」
「え?あ、えっと、先輩として…ですけど、」
「そうじゃなくて」
「、」

ふと。机に乗せていた手に、ブン太先輩の手が重なった。そして強く握られる。目を丸くして先輩を見つめた。先輩の息遣いが不規則になる。緊張、してる……?

「ぶ、ブン太先輩?」
「もし俺が…お前のこと、後輩でも友達でもなくて、」
「!」

目が合う。ブン太先輩は一度唇を強く噛んでから、言葉を続けた。

「女として見てたら。そしたらお前、どうする?」
「え……?」

ふと、今までのブン太先輩の笑顔が頭一杯に蘇った。女として、ということは言いかえると好意を寄せているということになるだろう。今までの先輩の笑顔が全て私に好意を寄せた上でのものだったなら。そう考えると、手が震えた。先輩から視線をずらす。赤也のことが頭に浮かんだ。そうだ、そうだ。赤也を、探しに行かないと。赤也は一度帰ってきたんだから、きっとゲーセンとかで遊んでるんだ。赤也は、悪い奴だから。だからきっと探しに行けばすぐに見つかる。そんな希望が頭一杯に広がって、先輩のことなんて頭から消えてしまった。

「名前、」
 先輩の声で現実に戻される。今度は赤也が頭から消えた。
先輩は腰を浮かせて、私の肩を押す。警戒していなかったため私の体はすぐに床へと倒れた。そして先輩はすかさずその上に馬乗りになる。視線が合って、そのまましばらく時が進んだ。

「せ、先輩……」
「ここ、赤也と住んでんだろ」
「っ…そう、です」
「赤也、お前のこと襲ったりした?」
「、して、ないです」
「嘘だろい」
「っ嘘じゃない…!」
「目見れば分かるんだよ」
「!?っ、」

両手首を強く床に押し付けられて、足の間に先輩の足が入り込んできた。完全に身動きを取れなくされて、恐怖感が一気に湧き上がってきた。
 怖い。水野君にされたことや、赤也に抵抗できなかったこと、幸村先輩としてしまったこと、全てを思い出してしまって。もう忘れたいのに。気が付けば勝手に流されてされるがままになっている自分。今までだって、そうだった。同じ。私は何も変わらない。学習しない。何だかすごく馬鹿馬鹿しくて、自分が情けなくて。頭がおかしくなってしまいそうだった。

「ぶ、ぶん、た先輩…!やだ、離して、やだ…!!」
「お前そうやっていつも赤也に流されてヤッてんの?付き合ってもいないのに?それっておかしいだろ」
「っわ、分かってる…分かって、るけど…!赤也は違う、赤也とは…流されるとかそういうんじゃなくて、ちがくて…っ!」
「赤也は特別だから?」
「っ、え」
「一緒に住んでんのも、わざわざ夕飯何が良いか聞くためだけに部室に来るのも、付き合ってもいないのにヤるのも、全部あいつが特別だから?」
「……っ、」

否定は、できなかった。先輩が乾いた笑いを零す。ああそうかよ、みたいな。私を見て、また笑う。胸が締まった。苦しい。先輩は何を考えているのか分からなくて、いつだって鈍感な私は赤也が怒った理由さえも分からなくて。

「むかつく」
先輩の目尻に涙が浮かんでいた。

「よりによって赤也かよ」
何も言い返せなかった。

「先輩」
「好きだった」
「え、」
「ずっとお前のこと、好きだった」

言葉が詰まる。
何も言えない。

「だけどさ、名前がそれで良いなら。あいつが名前の一番なら、俺、諦めるしかねーじゃん」

今度はいつもの無邪気な笑顔だった。

「こんなことしてごめん」

気付けば子供みたいに泣きじゃくった先輩に抱きしめらる。「ごめんなさい」と、何度か口に出した。それでも先輩は泣き止まなくて、それよりも強く抱きしめられて息が苦しいはずなのに、私まで涙が止まらなくて。赤也、赤也赤也赤也。赤也に会いたい。何を言われても良い。まだ怒っていても良い。だけど、せめてどこにいるのか知りたくて、赤也の顔が見たくて、そんなことばかり願っていた。


 20121222
更新が遅くなりました本当にごめんなさい。勉強やら塾やらでなかなか続きを考える時間が取れずましてや書く時間も取れずでした。もっと頑張ります。