yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
 一日目が終わった生徒達は各教室に戻り下校の準備をする。楽しかったねとか、明日はどこを回ろうかとか、これ買ったんだとか色々な会話が聞こえてくる教室の中、私は一人で机に顔を伏せていた。
 結局チャイムが鳴ってしまったから好きな先輩の苗字先輩からの返事は聞けなかった。いや聞かなくて良かったんだと思う。思い出せば思い出すほどに自分が恥かしくて可哀想で不憫で卑屈で、もうどうしようもなかった。好きな先輩の苗字先輩はきっと、引いた。あんな雰囲気の中でいきなり好きだなんて言ってくるなんて、きっと好きな先輩の苗字先輩はそんな子は好きじゃないだろう。また気分が沈んだ。涙はもう出てこない。

「名前、どうしたの?」
友達が心配そうに私の頭に手を置いてから、ひとつ前の席に腰を下ろす。少しだけ顔を上げて友達を見つめた。心配そうな表情の友達と目が合う。

「…誰かと何かあった?それともまた、あの先輩?」
あの先輩、とは西条先輩のことだろう。だけど西条先輩はあれから何もしてこないし言ってこない。噂も聞かない。安心して大丈夫だと思った。
私は、違うよ、と首を振る。「じゃあどうしたの?どっか痛い?」と友達はまた聞いてきた。

「……ごめんね、何でもないよ」
「そうは見えないけど…」
「でも大丈夫だから」
「名前、」
「ごめんね」

会話が止まった。友達は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら目を逸らす。

「私じゃ相談相手にもならないかな?」
「う、ううん、そうじゃない。そうじゃないの」

ただ言えないだけ。こんなに恥ずかしい私を、もう誰にも知られたくない。だけどそうは言えなくて、私はまた首を振った。

「ごめんね」
謝罪は何度目だろう。数えてないけれど、友達は何だか寂しそうに笑う。「そっか」なんて。ぽんぽんと頭を撫でられて、少しだけ涙が滲んだ。

「あのさ名前、」
「何…?」
「もしかして、好きな先輩の苗字先輩?」
「!」

図星だった。思わず肩が震える。友達はそれ以上何も言わなかったけれど、こんな仕草をしてしまってはもう誤魔化せない。きっとバレてるんだから。そう割り切って、あきらめて、小さく頷いた。

「…そっか。喧嘩したの?」
「喧嘩って言うか……」
「?」
「告白、した」
「っ、え!?」

友達は大声を出してから慌てて口を抑える。目を真ん丸にして何度も「え、ほ、ほんとに?マジで?」と問いかけてきた。全ての問いかけに頷けば、友達は脱力したように椅子の背もたれに寄りかかった。

「そうだったんだ…。で?どうだったの?」
「返事聞けなかったの。チャイムに遮られちゃって…」
「あちゃあ。そっか。でもメールは?先輩からメール来た?」
「来ない…」

シンと静まりかえる教室。気付けばクラスメイトはいなくなっていて、残っているのは私と友達だけ。友達は少し悩んでから、慎重そうに口を開く。

「とりあえず明日まで待ってみたら?」
言われなくともそうするつもりではあった。だけど怖くて、メアドを変えてしまおうかとも思ってしまう始末。もうどうしたら良いのか分からなかったけれど、頷いて、視線を落とす。

「じゃあ私、今日は帰るね。塾あるから」
「あ、うん。…ありがとう」
「良いって良いって。明日もまた、何かあれば相談乗るよ?」
「あ、ありがとう」
「じゃあまたね」
「うん、ばいばい」

一人になった。やけに静かになる教室。
私はまた机に顔を伏せて泣いた。どうしようもない。格好悪い。自己嫌悪。
 だけどいきなり閉められたはずのドアがガラリと開いて吃驚する。ドアの向こうに視線をやれば、そこにいたのは好きな先輩の苗字先輩だった。

「あ……」
「やっぱり、まだいた…」

好きな先輩の苗字先輩は一歩二歩とこちらに近づいてくる。突然のことで頭がパンクしてしまいそうだった。心の準備もできてない。私の机の前に立った好きな先輩の苗字先輩が私を見下ろしてきた。気まずくて視線をずらす。

「…さっきは、ごめん」
「え?」
「返事できなくて」
「あ、………いいえ」
「あのさ」
「は、はい」
「さっきのこと、なんだけどさ」
「はい…」

しばし沈黙。好きな先輩の苗字先輩も迷っているようだった。

「俺、苗字のこと好きだよ」
「っ…え……?」
「だけど、苗字…切原のこと好きだろ?」
「、」

視界が歪んだ。
どうして、どうしてそう思うの?だって私は、好きな先輩の苗字先輩を好きだって言ったのに。とにかくパニクってしまっていた。視線をずらして泳がして、必死に次の言葉を待つ。

「…苗字が好きなのは、俺じゃない…と、思う」

 ―――必死に泳がせていた視線が、ハッと好きな先輩の苗字先輩を捉えた。

「ど、どうして…」
「ごめん。俺最低だって自分でも分かってるけど、やっぱりそう思うんだ。だから、ごめん。っていうか、苗字には幸せになってほしいし、だから…あーもう、何つーか上手く言えねえけど…俺は、切原と苗字がくっつくべきだって思うんだよ」
「!!」
「俺は何も聞かなかったことにする。だから苗字も、今度はちゃんと切原に言ってやってくれよ」
「なん、て…?」
「好きだって」
「!」

好きな先輩の苗字先輩が悲しそうに笑った。私は、そこで初めて確信する。
あの時の胸の痛みも、苦しかったのも、全部、全部きっと、私の好きな人が好きな先輩の苗字先輩じゃなくて、赤也だった、から。

「な?気付いただろ?」
「……先輩、」

ごめんなさい。そう言うと、好きな先輩の苗字先輩はまた笑って、言った。

「ずっと好きだったよ、名前」

はじめて名前で呼んでくれた。


 20121126