yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
「苗字、体調悪いんだろ?」
「…え?」
あれからしばらく好きな先輩の苗字先輩と学園祭を楽しんで、そろそろ一日目の学園祭が終わるからアイスを買おうと決めた。私がアイスを買い受け取って好きな先輩の苗字先輩の元まで走り寄ると、第一声はそれだった。

「な、何で、ですか?」
「だってお前、今日ずっとぼんやりしてたし、ことあるごとに悩んだ顔してたし顔色だって良くねえじゃん」
「そ…そんなんじゃない、です。今だって、すごく…すごく、楽しいです」
「嘘付くな」

腕を掴まれて、肩が震えた。心配したような好きな先輩の苗字先輩の顔。もしかして、好きな先輩の苗字先輩は楽しくなかったんだろうか。アイスを持った手が微かに震える。私達が向かいあうようにして立っていると周りの視線が痛かった。しばらく沈黙が続く。好きな先輩の苗字先輩は、やっぱり楽しくないような表情をしていた。

「…苗字が楽しそうな顔してないと、俺楽しめないからさ」
「でも…私、元気だし、全然、平気です…!」
「駄目だ」
きっぱりと断られてしまう。口が上手く動かない。今は、今だけは忘れてしまいたくて、赤也の事なんて。赤也なんて、どうせ他人で、赤の他人でしかなくて、それなのに赤也ばかりを気にする自分が嫌だった。赤也と私は同居人で、それでいてそれだけの関係なのに。それなのに私はさっきからずっと赤也の事ばかりで、好きな先輩の苗字先輩との学園祭を全く楽しめていなかった。

「……最近さ、二年の…えっと確か、切原だっけ?そいつと仲良いよな?」
「え…?」
「あ、いや。違ったら良いんだ」
「ど…どうして、ですか?」
「前に廊下で見たんだ。お前がその切原と話してるところ」
「!」
「何か、嫉妬しちゃってさ」
「え……」

それって、それって。どうしてか上手い言葉が見つからない。
ただ、期待しても良いですか?なんて

「そんな苗字が俺以外の男と話してるのって全然見た事なくて…ちょっと驚いてさ」
「あ、の」
「ん?」
「……い、いえ…何でもないです」
「…あのさ、苗字。やっぱり保健室行った方が良いよ」
「、嫌です」
「こら。我儘言うなって」

そしてすぐ、好きな先輩の苗字先輩は困ったように笑う。本当に、本当に本当に好きな先輩の苗字先輩は優しい。だけど、いつもいつも私を勘違いさせるような事を言う。そんなところが少しだけ意地悪だった。好きな先輩の苗字先輩は無自覚なのか自覚しているのかなんて分からないけれど、そんなの関係なく私はときめいてしまう。
 今私が好きな先輩の苗字先輩に好きと言ったら私の世界は変わるんだろうか。赤也なんて忘れてしまえるんだろうか。そんな確信のないことを、考えた。

「…好きな先輩の苗字先輩、先輩は…私のこと何でそんなに心配してくれるんですか?」
「そりゃあ、苗字は妹みたいな存在だからに決まってるだろ?」

ぴしゃり。無理に作った笑顔は見事に打ち消された。気付けば涙がこぼれて、私の手からアイスが落ちる。べちゃ。無様にもアイスは地面に広がった。好きな先輩の苗字先輩の切羽詰まった声と私の言葉は、ほぼ同時だった。だけど私が先に言葉を言いきる。

「好きです」

それは嘘ではなくて。ただ、衝動だけで口走った言葉。時間が止まった気がした。

「ずっと、先輩だけが好きでした」

嘘ではないはずなのに。言ってから、悔しくて悲しい気持ちに襲われる。赤也。赤也に会いたい。嫌われたくない。いつもみたいに笑ってほしい。もう、あの家に赤也がいないなんて考えられない。そんな想いはいくらでも溢れてきた。だけど、意地を張る。どうしても赤也を忘れてしまいたくて。

「好きな先輩の苗字先輩、好きです」

少しずつ暗くなる空が、遠く感じた。好きな先輩の苗字先輩の顔を見つめるのがだんだんと怖くなる。涙があふれて止まらない中、学園祭一日目の終わりを告げるチャイムと放送が鳴り響いた。

 20121116