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学園祭前日の放課後。私達B組はなかなか作業が終わらなくて、先生に頼み込んで夜の9時まで作業をやらせてもらう事にした。
「それにしてもなかなか終わんないなー」
「今までも居残りで作業してくれる人が少なかったからね」
「だな。苗字は部活大丈夫なのか?」
「うん、今日は休みなの。部長も副部長もクラスで作業してるから」
「そっか、なら最後までいれるな」
「頑張ろうね」
「おう」
山崎君とだらだら話をしていたら女子が何人か集まってきた。各自が選んだ色のメイド服に身を包んで、似合うー?なんて騒いでいる。ああそうだ。私もサイズ確認しとかないとなぁ。
「みんな似合ってんなー、苗字はまだ着ないのか?」
「ん?あとで着るよ。今は看板作りしないとだから」
「そっか。んじゃ早く終わらせよ」
「うん」
二人で看板作りを始めてから約一時間。やっと看板が作り終わって、あとは教室の装飾のみとなった。時間は8時過ぎ。そろそろテニス部が終わる頃だろう。
「あ、名前ちゃんもメイド服着てみようよ。手伝ってあげる!」
「いいの?ありがとう、じゃあメイド服持ってくるね」
「うん!」
私は廊下にあるハンガーに掛けたメイド服を取りに行こうと教室のドアをあける。と、そこで後悔した。なんと目の前に立っていたのは仁王先輩だったから。
「に、仁王先輩…」
「よう名前。今日も大変そうじゃな」
「あ…先輩も部活お疲れ様です」
「お、嬉しか」
ぽんぽんと頭を撫でるようにして叩かれた。何だか慣れないその感覚に、思わず顔を赤くしてしまった。すると仁王先輩が「可愛いのう」と言う。それと同時に、隣から声が聞こえた。
「…名前?」
「え?あ、あか…切原…」
そこにいたのは赤也だった。
赤也はまるで猫でも被ったかのような大人しい表情で、目を少し丸くしている。どうやら私と仁王先輩という珍しい組み合わせに驚いたのだろう。というか、いつ仲良くなったの?みたいな表情。私と仁王先輩と交互に見てから、口を開いた。
「仁王先輩、まだ帰らないんスか」
「おう赤也。お前さんも早う帰りんしゃい」
「いや俺忘れ物とりに来ただけなんですぐ帰るッスよ」
「そうか」
「はい」
それは淡々とした会話だった。あまりにも殺風景というか、感情のこもっていない会話に少し驚く。すると仁王先輩がいきなり私に向きを変えて笑いかけた。
「それじゃあ名前、作業頑張りんしゃい」
「え、あ、…はい」
ぽんぽん。優しく頭を叩かれて仁王先輩を見つめればまたニコリと笑った。裏表のない笑顔。どういう事だと焦りながら赤也に視線をやる。しかし赤也はこちらを見ようとしなかった。今までの赤也から考えるとそれはとてつもなく不自然で、不可解。
「…きりは、」
「んじゃ、明日楽しみにしてるぜよ」
「、はい」
赤也を呼ぼうとした声を遮って仁王先輩は去っていく。それを見届けた赤也は、チラリと私を見た。目が合う。それだけのことなのに、心臓が鳴った。どくん。脈を打って、指先が震える。赤也は何も言わなかった。表情一つ変えずに立ち去ろうと足を踏み出す。それと同時に、私は赤也の制服の裾を掴んだ。
「っあか、」
「なに」
「!」
冷たい声。冷たい目。この時初めて赤也の機嫌が悪いと気付いた。別になんてことない表情なのに、それは先ほどとは打って変わって氷のように冷たい。冷や汗が背中を流れた。裾を掴んだ手が震える。赤也はすぐに顔を背けた。
「……あ、えっと、」
「そうだ。今日、帰り遅くなるから」
「…え?」
遅くなる?だって、もう、8時過ぎてるよ?
心の声は赤也には届かない。
「な、なんで?」
「別に。名前には関係ないことだし」
「赤也、おかしいよ」
「は?何が?別に普通だろ」
「……赤也、あの、」
「苗字ー、そろそろ教室戻った…ら、って切原?」
「や、山崎君…」
私の言葉を遮って教室のドアを開けて顔を出したのは山崎君だった。山崎君はキョトンと首を傾げて私たちを見る。その視線に耐えきれなくなった私は、何事もなかったかのように笑顔を作り赤也の袖から手を離した。
「あ、ごめんね。もう戻るから」
すぐにメイド服の掛かったハンガーを手に取り、山崎君の元へと駆け寄る。そのまま赤也の方なんて見ずに教室へ入りドアを閉めた。私は閉めたドアに寄りかかり、俯く。ああ私は、何で赤也を引き止めたんだろう。あんな冷たい目で見られるなんて分かっていた事なのに。
「苗字、切原と何かあったの?」
「ううん何でもないよ」
無理に笑った。そうだ何でもなかった事にしてしまえば良いなんて馬鹿なことを思ったけれど、それができれば何にも辛い事なんてなかった。赤也の目が忘れられない。
「別に。名前には関係ないことだし」
思い出して、その場から逃げる様に作業を再開した。
それからも山崎君は心配してくれたけど、今は愛想笑いをする事しかできなかった。
(名前には関係ない、なんて。赤也にだけは言われたくなかったのに)
20121112
更新遅くなって申し訳ないです!