yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
 ついに学園祭は明後日となった。私達はメイド喫茶のために男女それぞれが協力し合って作業を進めていた。私が大工道具を運んでいたら、ふと隣から声をかけられる。同じクラスの山崎君だ。

「なあ苗字」
「何?」

呼びかけられたと同時に、運んでいた大工道具を奪われる。どうやら彼が運ぶのを手伝ってくれるようだ。私はありがとうとお礼を言って、山崎君の言葉を待つ。

「知ってた?何でB組がメイド喫茶やることになったのかって理由」
「え?ううん、知らない。山崎君知ってるの?」
「まあな。丁度良いから教えてやるよ」
「あ、聞きたいかも」
「お前に関係ある事だしな」
「私に?」

山崎君は女子とも普通に会話できる、いわゆる弟タイプの男子だ。だから二人きりで話すのも緊張しないし普通に接する事ができる。こういうタイプって一番楽だな。そんな事を考えていたら、山崎君はヘラリと笑ってとんでもない事を言った。

「皆さ、苗字のメイド姿が見たかったんだって」
「…はあ!?」

思わず大声を出してしまう。山崎君はヘラヘラと笑って続けた。

「お前って何気にモテるよな。普通っぽい性格してるし何かスゲー普通なのに」
「普通で悪かったわね。それに私そんなにモテないよ」
「本人が気付いてないだけだってば」
「?…よく分かんないなあ」
「何が?」
「男子の基準が」
「あはは、女子からしてみればそういうモンだって」
「そう?」
「うん」
「そっか」

だんだんとグダグダした雰囲気になってきた所で、他の女子に呼ばれたから山崎君から離れた。何だかよく分からない話題だったが、きっと山崎君の冗談だろう。私なんかのメイド姿を見ても何も面白くないだろうし。

「名前ちゃんはピンクと水色と黄色どれが良い?」
「あ、メイド服の色?」
「うん!今すごいピンクが人気だからさ、早い物勝ちであと三枚なの。青と黄色はまだ残ってるんだけど…名前ちゃんはどれにする?」
「じゃあ私は青にしようかな」
「分かった。名前ちゃん髪長くてキレーだし、ツインテにしたら可愛いんじゃない?それかポニテでも良いし!」

何だかわくわくしながらそう言ってきたクラスメイトに苦笑を返した。

「あはは、気持ちは嬉しいけどいつも通りで良いよ」
「そう?じゃあせめて髪下ろそうよ!」
「うーん…似合うかな?」
「名前ちゃんなら何でも似合うと思うよ」
「はは、お世辞ありがとう」
「もう名前ちゃんったら!」

二人でワイワイ話していると、ふと教室のドアがノックされた。クラスの皆がドアの方に視線を向ける。
B組だけじゃないけれど、あまり作業している所を見られるとネタバレになってしまい当日の楽しみがなくなる!という理由でどのクラスも教室のドアを閉め切って作業をしていた。学級委員の男子がドアを開けると、そこにいたのは会いたくない人。

「あいつ呼んでくれ」
私を指差して学級委員にそう言った声の主は、あの時の先輩。つまり私を脅して無理矢理彼女にした私の彼氏だ。私は口元を引きつらせながらクラスメイトの女子から離れる。

「おう、この前ぶりじゃな」
「どうも」
「何だ素っ気ないのう。クラスの連中と仲良く作業か?」
「…そうです。あの、何か用ですか?」
「何て言うんじゃ?」
「え?」
「お前さんの名前。まだ聞いとらんかったからな」
「あ…ああ、苗字です」
「阿呆か」
「ええ!?」

思わぬ返事に間抜けな声を出してしまう。すると頭に大きな手がのっかって、そのままわしゃわしゃと撫でまわされた。

「っちょ、」
「彼氏に名前教えるんじゃ。下の名前に決まっとるだろ」
「そ、そういうものなんですか…」
「ああ」
「…名前です。あ、でもあんまり呼ばないで下さいね!」
「何でじゃ?」
「……は、恥ずかしいから」

目を逸らしてそう言うと、ブハッという笑い声が聞こえて思わず顔を赤くする。笑いを堪えている目の前の男を今すぐに叩いてやりたかったが相手は先輩だ。睨みながら「わ、笑わないでください!」と言うと思わぬ言葉が返ってくる。

「す…すまんの。つい、可愛くて」
「へ?」
「何じゃ?余計に顔赤くして…あ、ついでに俺は雅治な」
「あ、あの、苗字は?」
「教えん」
「卑怯ですよ…」
「良いじゃろ別に俺達は恋人同士なんじゃし」
「!」

そうか。そうだったか。とりあえず雅治先輩は女慣れしてる。それはもう女遊びをしていてもおかしくないくらい女慣れしていた。その口調も、目付きも、何故か全てがチャラく見えて、私はそのまま教室へ逃げようとする。しかし腕を掴まれて逃げ場がなくなってしまった。

「ちょっと…雅治先輩、」
「一緒に帰らんか?」
「え?」
「家まで送って行くぜよ」
「い、いや、そんな…悪いですって」
「学園祭の準備が終わるまで昇降口で待っとるからな」
「ちょ、人の話を聞いて下さ…!」

しかし言い終わる前に雅治先輩は去ってしまった。ど、どこまでも卑怯な人だ…卑怯先輩とでも呼んでやろうかと思った。
 それから私はクラスに戻り、また作業を開始した。クラスに戻ったら女子たちがキラキラした目で「仁王先輩とどういう関係なの!?」って聞いてきたが「ただの友達」と返しておいた。うん、これで良いだろう。しかし雅治先輩は仁王って苗字なのか…よしこれからは仁王先輩と呼ぼう。


「お、来たな」
「すいません待たせてしまって」
「平気平気。俺が好きで待ってたんじゃし」

あれ?意外に優しいじゃないか…

「それに遅れたり、すっぽかしたりしたら写真をばら撒くだけの事だからな」

やっぱ卑怯先輩だこの人。
 それから私達は学校を出て帰宅する。しかし少し歩くと話題が尽きてしまって、沈黙が続いた。何か、気まずい。

「……のう名前」
「え?あ、何ですか?」
「お前さんと赤也は、」
「ただの知り合いですよ!」
「本当か?お前さんはともかく赤也を見てるとそうは思わないんじゃが」
「赤也を…?」

首をひねって考えてみたが仁王先輩の言ってる事が分からない。

「そういえば仁王先輩もテニス部でしたよね」
「ああ。毎日毎日ファンクラブとか自称してる奴等に追っかけ回されて迷惑しとる」

その情報は必要なのだろうか。まあ良いや。

「お前さんはバスケ部じゃったかの」
「あ、はい」
「二年エースって噂を聞いたんだが本当か?」
「…はい、そう言われてます。必死に掴みとったエースですからね、自信を持って言えますよ」

ちょっと生意気っぽく笑ってみせた。すると仁王先輩はいきなり私の腕を掴んで引き寄せる。驚きを隠せずにいると、仁王先輩はどういうわけか私の身体をまさぐり始めた。

「待っ、何してるんですかこんな所で…!!」
「それにしてはお前さん、あんまり筋肉ついとらんの。それに肉もついとらん。無理な練習はしてないか?」
「べ、別に…してないですけど、っていうかあんまり触らないで下さい」
「二人きりの時はお触りOKかと思ってたんじゃが…」
「駄目です!」

ちょっと強引に離れてやった。仁王先輩はすごく残念そうな顔をしている。(何で…)
吐きそうになった溜め息を飲み込めば、冷たい風が吹く。夏ももう終わりだ。

「ちょいと寒いのう」
「そうですね」
「手、繋がんか?」
「え…嫌です」
「お前さんは素直すぎるのう。女子なら大抵は喜ぶ展開じゃなか?」
「そうでもないですよ。手汗とかかきますし」

正直に言ってみると仁王先輩はそれを無視して私の手を握る。思わずドキリとして仁王先輩を凝視した。すると首を傾げられる。しかしニヤけた口元からすると、きっとこの男は私が焦っているのを見て喜んでいるんだとしか思えない。無性に悔しい気分になった。

「…に、仁王先輩……」
「何じゃ」
「手、」
「あったかいじゃろ?」
「はい…ってそうじゃなくて!恥ずかしいですやめて下さい」
「お前さんは恥ずかしがり屋じゃな。可愛いのう」
「仁王先輩に言われてもあんまりドキッとしません」
「赤也ならするんか?」
「っ!?な、何言ってるんですか!」

思わず繋いだ手を振り払った。いきなりの事にうまく息ができない。うわ、今の私絶対顔赤いって…。

「ほお…否定しないんか?妬けるのう」
「します!!何で赤也なんですか、あんなのありえない……です」
「何じゃ今の間は」
「…何でもないです」
「、……ほんっとに…妬けるのう」
「え?」

ぼそりと呟いた仁王先輩の言葉が聞き取れず、ふいに顔を仁王先輩の方に向けた。すると唇に温かい感覚。これは、この感覚は、…知ってる。
 私は仁王先輩に、キスをされていた。

「っ、な、何して…!」
「これならドキッとしてくれるか?」
「!!」

不覚にも、ドキッとしてしまった。
私は真っ赤になったであろう顔を逸らして、「もう顔も見たくありません」と心にもないことを言い放つ。返ってきた言葉は「ツンデレじゃのう」だった。つくづくこの人には逆らえない。いつまでこんな関係が続くのかと、先ほど飲み込んだ溜め息を全て吐きだした。

(それでも意外に楽しかった、とか)
(…死んでも言えない)

 20120905