yasumonoNIHAgotyuiwo | ナノ
 丸井先輩と洋菓子店に行った翌日の翌日。今日の夕飯は何が良いかどうしても決まらなかったため、赤也の希望を聞きに行こうとD組まで来た。
しかし赤也の姿が見当たらない。もう部活に行ってしまったのだろうか。私は少し考えてから、テニス部の部室へ行こうと鞄を持ち足を進める。

「苗字さん」
「え?」
いきなり声を掛けられて少し吃驚したが、後ろに立っていたのは三年生だった。私に何の用だろうか。綺麗な茶髪が風に揺れる。少し濃いめの化粧が少し怖い雰囲気をあたえた。

「あ、あの…何ですか?」
「あなた赤也と仲良いでしょ?これ、渡しておいてくれない?」
「え?いえ別に仲が良いわけじゃ…あ、これ渡せばいいんですか?」
「ええお願いね」
「…分かりました」

渡されたのは薄い桃色の便箋だった。Dear赤也と綺麗な字で書かれている。(……ん?もしかしてこの人、)

「あの、」
「それじゃあね」
「あ……は、はい」

私の勘が当たっているのかどうか先輩に問おうとしたら、ニコリと不気味な笑みを見せられた。ドキリと、一瞬だが呼吸が止まる。何ともいえないオーラが私を突き刺すようにして攻撃…したような気がした。私、あの先輩に何かしてしまったのだろうか。怒らせるような事を言った覚えもした覚えもないからとりあえず夕飯の希望を聞くついでに渡しておこう。


コンコンと部室のドアを控えめに叩く。するとガチャリとドアが開いた。

「っ、あ」

姿を見せたのはまぎれもなく精ちゃ…じゃなくて、幸村先輩。思わず肩が上がる。やばい、あの日のことを思い出してまともに顔を見れなかった。ナチュラルに目を逸らしてできるだけ平常心で口を開く。

「き、切原…いますか?」

思わずカタコトのようになってしまう。すると幸村先輩はニコリと笑って「赤也に会いにきたのかい?」と言った。いやそう言ったはずなんだが、幸村先輩から溢れる黒いオーラは明らかに「俺じゃなくて?」と言っていた。これだけは言える、幸村先輩は精ちゃんと比べて絶対に性格が悪くなったと思う!本人に言ったらどうなるか分からないが。

「…この前は、ごめん」
「え?」

いきなり切り替えられた話題に、思わず間抜けな声が出る。幸村先輩は眉を少し下げて、申し訳なさそうにそう言った。(ごめん、って……?)

「あ、の…」
「忘れたいなら無理にこの話を引っ張り出すのはやめるけど…あの事が、名前を傷つけてないか不安だった」
「!そ、そんなこと……」

ないとは、言えなかった。
俯いた私の頭を、ゆっくりと宥めるようにして撫でる幸村先輩。

「…けど、嫌じゃなかったのは…本心です」
「、そうか。ごめん…名前、だけど俺は、」

今でも君が好きだ。
それはハッキリと、耳に届いた。バッと顔を上げると、幸村先輩はいつものように微笑んだ。その笑顔に何も言えなくなってしまい、私はまた目を逸らす。すると後ろから間の抜けた声が聞こえた。

「ゆーきむら部長、何してんスか…って名前?」
「ああ赤也、彼女は君に用があるんだって。それじゃあ名前、俺はこれで」
「あ、はい」

幸村部長と赤也が入れ替わって私の前に立つ。何故か赤也は不機嫌そうだった。

「…部長と何話してたんだよ?」
「べ、別に普通に話してただけだって」
「なら良いけど。で、用って何?」
「あ、その前にこれ」
「え?何だよこれ」
「三年の先輩から預かったの。えっと、茶髪で化粧した人」
「…またかよ、うっぜェ」

赤也は目元を歪ませて、その便箋に唾を吐くような仕草をした。どうやら知り合いだったらしい。しかもこの態度。私はさっきの勘が正しいのか赤也に聞くことにした。

「あのさ、それって…彼女?」
「はあ!?んなわけねーだろあんなキモい女…まじありえねえ、いい加減引くわ」
「…もしかして、さ」
「何だよ?」
「赤也、その人に…告白された事…ある?」
「…言いたくねえけど、ある。しかも何回もしつこいんだよ。まじありえねえ…つか何でお前が?」
「え?ああ何でもない。あ、そうだ本題」
「?」

赤也は解せぬといった顔でこちらを見たが、私はそんな赤也をスルーして本題に入る。

「夕飯、何が良い?」
「…は?」
「だから、夕飯」

赤也は呆気とした顔で私を見る。二回も言ったのに理解できないこの男に腹が立ち、さりげなく睨むようにして見つめた。変態を通りこして日本語を理解できない頭になってしまったのだろうかこの男は。

「…おま、お前、わざわざそれ聞きに来たのか…?」
「え、そうだけど…って何で顔赤いの?また熱?」

赤也の額に触れようとしたら、軽く手を払われた。真っ赤な顔の赤也は小さな声でボソッと「ラーメン」と呟く。何だか意外なメニューを言われてしまった。

「ラーメンね、分かった。作っておくから寄り道しないでね。買い食いも駄目だよ?」
「……お、おう」
「?」

なぜこの男はこんなにも顔を赤くしているのだろうか。聞こうと思ったが赤也は返事をしたと同時に部室のドアを閉めてしまった。何だかショック。一人ぽつんと残されて、よし帰ろうと開き直る私。一歩足を踏み出せば、目の前に立っている人にぶつかってしまった。

「いたっ」
「おーすまんの。大丈夫か?」
「…あ、すみません」

何と先輩だった。しかも結構チャラそう。しかし平然とした顔で私を心配するその先輩は、どこかで見覚えが……あっこの人もテニス部か。

「お前さん、赤也の彼女だったか」
「ち、違います」
「そうかの。ちょいと付いて来てくれんか?」
「え?」

ぐい。手を引っ張られてそのまま男子トイレに連れ込まれ…ってこれ絶対おかしいから!何で男子トイレ!?

「ちょ、待っ、何してるんですか私は女ですよ!」
「まあそう怒らんとコレ見んしゃい」
「………え?」

差し出された携帯の画面に映るのは、楽しそうに商店街を歩く男女…ってこれ私と丸井先輩じゃないですか。

「あの、何でこれを先輩が…」
「まあアレじゃな、通りすがりにパシャリと」
「いや動機じゃなくて!何撮ってるんですか通報しますよ」
「おー怖い怖い。赤也と仲良くしちょるからどんな奴かと思ったら威勢の良い兎さんじゃったか」

何を言ってるのかよく分からないが(というか分かりたくない)とりあえず自分がピンチだということには薄々気づいた。

「コレ、ブンちゃんのファンに見せたらどうなるじゃろうな?」
「!」
「明日からお前さんの楽しい学校生活は破滅ぜよ」
「ちょ、何言って…!」
「いじめられんのが嫌じゃったら俺と付き合いんしゃい」
「……、はい?」

すごくナチュラルに告白されてしまった気がする。妖艶な笑みを浮かべる先輩に、背筋がゾワリと栗立った。わけも分からずに唖然としていると、両手首を強く握られ、そのまま後ろの壁に押し付けられる。

「…や、やめて下さい…」
「何じゃ、お触り禁止か?」
「当たり前です…だいたい私には好きな人が…!」
「赤也か?」
「それだけは絶対に違います」
「ならブンちゃんとか」
「それも違います!とにかく離して下さ…」
「コレ、ばら撒いても良いんか?」
「!、うっ……ひ、卑怯ですよ」
「じゃあ俺と付き合いんしゃい」

また、ニヤリと妖艶な笑みを見せられる。やばい、そう感じ取った私はYESと首を縦に降った。いじめられるのは御免です。

 20120829