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 翌日、午後のホームルームが終わったと同時に赤髪のあの人がB組のドアの向こうに立っていた。ちょいちょいと私に手招きをしてニコリと笑う。丸井先輩だ。

「あ、こんにちは丸井先輩!」
「よっ、苗字。あのさ、放課後って暇?」
「え?どうしてですか?」
「ちょっとさ、放課後デート」
「!?」
「ってのは冗談で、買い物付き合ってくんねー?つか苗字顔真っ赤だぜ」
「か、買い物…?」
「おう!」

丸井先輩は無邪気に笑って頷いた。私は少し首を捻ったが、別に放課後に用事があるわけでも無かったから快く頷く。丸井先輩はまた笑った。



「そういえば、部活は良いんですか?」

商店街を二人で並んで歩きながら、私は丸井先輩に問いかける。すっかり忘れていたが丸井先輩はテニス部じゃないか。部活を休んでまで買いたいものは何なのだろう。

「ああ、今日は休みなんだよ」
「そうだったんですか」
「おう」

どうやら休みだったみたいだ。
しばらく歩くと、丸井先輩の目がきらきらと輝く。丸井先輩の視線を追うと、そこにあったのは洋菓子店。(え?)

「あの、丸井せんぱ」
「今日さ!学生の女限定で全商品が半額になる日なんだよ!だからお前に来てもらったわけ。あ、大丈夫だぜぃ金は俺が払うから!」

 丸井先輩の発言に頭がグラッとした。ああなるほどそういうことか。理解はできたが解せなかった。なぜ私なんだ。女の子なら他にも沢山いたのに。

「んじゃ入ろうぜ!食いたいケーキが沢山あって困ってたんだよい!」
「え、あ、ちょっ待ってくださいよー!」

無理矢理、店に連れ込まれた。きらきらと目を輝かせた先輩は何だか子供みたいだ。ちょっと可愛いから写真におさめたい。
思わずポケットから携帯を取り出してカメラを起動させる。パシャリ、きらきらお目目の先輩に向けてシャッターを押した。

「え?」
「あ、すみませんつい…」
「おー、写真くらい良いけどな。あ、そうだ苗字も何か食いたいのあったら言ってくれよ?一個くらいならケーキ奢ってやるぜい!」

ニコリと笑う丸井先輩。ふ、太っ腹じゃないですか…。思わずお言葉に甘えてしまいそうだったが、さすがに申し訳ないので遠慮しておいた。



帰り道はまだ明るかったが、丸井先輩は付き合ってくれたお礼だと言って家まで送ると言ってくれた。あまり暗くないし大丈夫だと言ったのだが先輩は聞きもせずに私の手を握って笑う。ついお言葉に甘えてしまった。

「な、なんかすみません…」
「良いっての!お陰でケーキ沢山買えたし」
「…あの先輩、そのケーキ全部一人で食べるんですか?」
「ん?もちろん全部一人で食うけど…」

何で?と首を傾げる先輩に私は何も言えず話を逸らした。ああ…今私が言わなかったせいで丸井先輩が後日体重計の上で悲鳴をあげることになったらどうしよう…。

「あ、そうだ苗字」
「なんですか?」
「…お前ってさ、赤也と付き合ってんだっけ?」
「ええ!?ち、違いますよ!」
「あ、そうなのか?」
「はい!」

たまに優しい時もあるが、私にはあんな男は耐えられない。(色んな意味で)
すると丸井先輩は首を傾げてから、また口を開いた。

「じゃあ、さ」
「?」

気のせいか、丸井先輩の顔が赤く染まっている。私はキョトンとした表情で先輩を見つめた。

「俺とか、どう?」
「え?」
「っあ、いや、何でもねえ!忘れろ!」
「そ、そうですか?」

私は丸井先輩の言葉を理解できないままはぐらかされてしまった。(何か気になる…)しかし真っ赤な顔をした丸井先輩があまりにも必死に話題を切り替えるものだから、聞く事ができずにそのまま私の家が近づいてくる。

「っと、ここだよな?」
「はい。今日は送ってくれてありがとうございました!」

自分なりに柔らかく笑ってみせると、丸井先輩は赤くなって笑い返してくれた。すると先輩はポケットから携帯を出して私に向ける。パシャリ、シャッター音が響いた。

「へ?」
「さっきのお返しな!」
「ちょっ、消して下さいっ」
「やーだね、可愛い顔してる名前ちゃんが悪いんだぜ?」

クスリと、厭らしく笑う丸井先輩に思わずときめいた。下の名前で呼ばれた事が余計に私を意識させる。
すると先輩は私のポケットから携帯を奪い取り、勝手に何やら操作をしている。それは天才的に早く終わり、帰ってきた携帯を開いてみると(丸井ブン太、登録しました)という文字。

「メアドとケー番。暇だったら連絡して」
「あ…ありがとうございます!」

先輩はニコリと笑って私の頭を撫でた。先輩のお陰で良い放課後になった。私の片手に握られた2つのケーキも、きっと美味しく食べれるであろう。わくわくしながら玄関のドアを開けた。


 20120829