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 カラオケボックスに入ると、観月さんは何やら部屋の中を見回して顔を顰めた。
「観月さん?」不思議に思って声を掛けてみると、観月さんはデンモクを手に取って口を開く。
「ここで…歌うんですか?」この人は何を言ってるのだろう。

「え、あの観月さん。カラオケ知ってますよね?知ってて来たんですよね?」
「話には聞いていましたが。まさかこんな狭いとは…」
言ってから思い出したが、観月さんはカラオケには無縁な人だったな。私はため息を吐いて、椅子に座る。すると観月さんは呆れたような笑いを零した。

「まあ貴女の歌唱力には期待してないので、気楽に歌って下さいね」
非常に帰りたくなってきた。(なら赤澤さんと行けばいいのに…)
そもそも私がどうして観月さんとカラオケに来ているかというと、昨日の放課後いきなり観月さんがカラオケに行きたいと言い出したからである。さっきも思ったが赤澤さんと行けばいいものの、何故か観月さんは私を誘った。まあ行けない理由はないから渋々カラオケに来てみたものの観月さんはさっきから文句ばかり。

「あの観月さん、せっかくカラオケに来たんですから…もう少し楽しみません?」
「十分に楽しんでいますよ」
「そうは見えないんですけど…まあ良いや、観月さん何入れますか?」
「…入れる?」
「え?」
ぱちくり。観月さんの目が数回瞬きをして、こちらを見る。
「あの…デ、デンモクに入れる曲を…」
「デンモクとは何ですか?」
「!?」
(かっ帰りたい…!)この人は本当に何も知らない様だ。私は大きく肩を落とし、デンモクに適当な曲を入れる。観月さんの好きそうな曲を入れると、すぐさま曲が流れだした。私は観月さんにマイクを差し出し、「はい観月さん歌って下さい」と伝える。観月さんはマイクを受け取り、黙って前奏を聴いていた。曲が始まると、観月さんは歌い始める。(あ、知ってたんだ…)私は真っ直ぐに画面を見て歌う観月さんの横顔を眺めて、少しだけ関心した。


「はあー…観月さんって歌上手いんですね」
「そうですか?これくらい普通だと思いますよ。しかし貴女の歌唱力も思っていたより凄いですね、関心しましたよ」
「あ、ありがとうございます」
私は観月さんの上から目線に呆れながらもデンモクを手に取る。すると、いきなり観月さんに腕を掴まれた。(え?)振り向いて観月さんに視線をやると、その目は真っ直ぐにこちらを見ていて思わずドキリ。

「…み、観月さん?」
「楽しくないですか?」
「え?」
「先ほどから目が笑っていませんよ」
「…き…気のせいじゃないですか…?」

(バレてた…)観月さんは私の腕を引っ張り、そのまま私の額にキスをする。頭が真っ白になった。
「……え?」
「ちゃんと楽しんで下さい。でないと今以上の事をしますよ」
「あ、え、…っみ、観月さん…!?」
「何ですか?」

キスされた。それだけで頭がいっぱいになって、観月さんの余裕ぶっこいた態度に憤怒する暇もない。(な、何でこの人は、いきなり…!)パンクしそうな頭がやっと落ち着いてくると、観月さんは誇らしく笑ってとんでもない事を言い出した。

「意中の女性と二人きりでこんな狭い個室だなんて、男の理性が保つわけありませんからね」
そのまま椅子に押し倒されて、目の前にある観月さんのドアップに唇がわなわなと震える。抑えきれない顔の熱さえも恥ずかしくて、目を逸らしたらまたキスされた。
「カラオケは後にして、まずは二人でこの密室を楽しみましょうか」

(この男とカラオケになんて来るんじゃなかった!)

 20120812
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