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「何で無視するんですか」
目の前に立っている男にそう言い放ってやると、とんでもない返事が返ってきた。
「好きな人と平然に会話などできるわけがないでしょう」
全てはここからだった。私達が付き合う事になったきっかけは。




「観月さんマズそうなそうめんばかり食べてないで私のお弁当食べませんか?」
「こ、これは冷製カッペリーニですよ!それになまえのお弁当なんですからなまえが食べたら良いでしょう」
「私は観月さんに食べて欲しいんですよ」
 そう言うと観月さんは甘ったるいキスをしてきた。全身に駆け巡る痺れが、私に観月さんだけを見させてくれる。どうしてこの人は私をこれ以上に無いほど惚れさせるのだろう。いつも上品で、どこか周りとは違っている観月さんは、私にとって大切な彼氏だ。

「はい観月さん、あーん」
「な、何をしてるんですか!馬鹿な事をしていたら昼休みはとっくに終わってしまいますよ」
「ひ…ひどいです観月さん。頑張って作ったんですから、少しくらい味見して下さいよ」
「僕には冷製カッペリーニがありますから、気を使わなくて結構ですよ」
「私に気を使って欲しいんです!観月さんの馬鹿!」

そのふわふわで柔らかい髪を叩いてやると、観月さんは呆れた顔で「先輩に対して容赦無しですか…解せませんね」と返してくる。この人は本当に私の彼氏なんだろうか。というより観月さんにとって彼女とは何なんだろうか。それから予鈴が鳴って、私達はいつものように教室へと戻る。
 学年フロアが違う私達は、こうして休み時間しか一緒にいられない。それなのに私の手作りお弁当なんか視界に入れずにマズそうなキャビアが乗った冷製カッポリーネだがカッペペーニだか知らないけどそうめんばかり食べている観月さんは本当に私のことを好きなのか不安になったりする。

「ねえ聞いてよ不二君、観月さんったら酷いんだよ」
「はいはい惚気話なら他でやれって」
「うわ酷い!惚気話なんかじゃなくって、観月さんが私のことちっとも相手にしてくれないんだよ。っていうかアレは絶対に子供扱いされてる…しかも私のお弁当より冷製カッペリーニを優先するんだよ!酷いと思わない?私は仮にも彼女なのに…」
「けど観月さんはみょうじの事ちゃんと好きなんだろ?」
「そうだって本人は言ってるけど…あの態度見てたら信じられなくなってきた」

机に顔を伏せて、うなだれるようにして不二君に言う。「観月さんはもう私の事なんてどうでもいいのかな…」すると不二君は首を傾げて、「けど部活ではなまえの事、よく話してるぜ?今日はなまえがああだったこうだったって」「…え?」思わず顔を上げて不二君を凝視する。

「それ本当?慰めのつもりで言ってるでしょ」
「いや本当だって、なまえにとった態度は観月さんなりの照れ隠しだろ?きっと」
「…そうかな?すっごい信じ難いけど」
「お前、観月さんに相当愛されてると思うけどな」
「!」
ぼふん。不二君の思わぬ言葉に、顔に熱が溜まった。

「な、何でそういう恥ずかしい事サラッと言うの…!」
「え?別に思った事を言っただけだけど…あ、そういえば観月さんが今日なまえと一緒に帰りたいって言ってたぜ。」
「別れ話とか切り出されたらどうしよう…」
「お前…どんだけ自分に自信ないんだよ。普通に帰りたいだけだろ、とりあえず観月さんを迎えに部室まで来いよ?観月さんには言っておくから」
「う、うん。分かった、ありがと不二君」
「おう」



放課後、とりあえず不二君に言われた通り観月さんを迎えに部室まで来てみたが、まだ練習は終わっていないようだ。私はフェンス越しに練習風景をのぞいてみる。

「!あ…」
ふと、試合中の観月さんが目に入った。いつもとは違う真剣な顔。私に向けた事のない顔をして、飛んでくるボールを打ち返していた。そんな姿を見て、ますます観月さんを好きになる。格好良い、あの人は本当に格好良くて、そんな彼を私は大好きだった。

 しばらく時間が経つと、部員がぞろぞろと部室から出てきた。それに流れて不二君も部室から出てくる。私に気付いた不二君は、若干ニヤけながら私の元へ駆け寄ってきた。

「観月さんまだ来てないのか」
「うん」
「もうそろそろ来ると思うんだけどなー……あ、ほら出てきたぜ。行ってこいよ」

軽く背中を押されて、思わず足がもつれる。しかし倒れかけた私を支えてくれたのは観月さんだった。

「あ…す、すみません」
「全く、危なっかしい人ですね」
「不甲斐ないです…」
「んふっ、気にしていませんよ。さあ帰りましょうか」
「あ、はい!」

観月さんの後を追いかけるようにして駆け足で歩く。ふと後ろと見てみると、不二君が手を振ってきたものだから私も手を振り返す。すると校門を出た辺りで観月さんが問いかけてきた。

「…最近、裕太君と仲が良い様ですが…何の話をしているんですか?」
「え?」
(さ、さすがに観月さんの話をしているなんて言えない…)

私は少し目を逸らしてから、「ゲ、ゲームの話とか…テレビの話とかですよ」と返す。すると観月さんはいきなり私の腕を強く掴み、無理矢理壁に私を押し付けた。(え?)

「あ、あの、観月さん?」
背中が壁にこすれて、少し痛い。観月さんの顔を見ると、その顔はいつもの冷静さを失ったように目を歪めてこちらを凝視していた。その訴えるような瞳の意味を、私はよく分からなくて。思わず観月さんから目を逸らす。

「そんな話なら、僕とだってできるでしょう?」
「え…?」
「君は僕の彼女でしょう?それとも裕太君の事が好きなんですか」
「ちょ、ちょっと観月さん、言ってる意味が
「だいたい君は何故そんなに間抜けで鈍感で隙だらけなんです!?もっと注意を払って下さい!そんなんだから色んな男に目を付けられるんですよ!」
「そ…そんな事言わなくたって…」

 思わず今まで溜めこんだ不安と涙が溢れ出てきた。(観月さんだって、同じじゃない)

「観月さんだって…私の彼氏なのに!私の話なんてまるで興味ないかのように流して、それに子供扱いするじゃないですか!私のお弁当よりそうめんの方が良いんですよね!私の存在ってそんな程度なんですよね!!」
「!!」

観月さんの目が見開かれる。言ってやった、今まで言えなかった事を全部言ってやった。だけど今更、自分が泣いている事に気付く。次の瞬間、ぎゅうと強く抱きしめられた。

「っ、え、」
「…すみません、少し言いすぎました。まさか君がそんな風に思ってたなんて知らなかったです。僕は彼氏なのに、君の気持ちに気付いてあげられませんでしたね…彼氏失格です」
「み、観月さん…」

優しく抱きしめて、切なそうな声でそう告げてきた観月さんに、思わず胸が苦しくなった。私も観月さんの背中に手を回して、強く抱きしめ返す。涙がこぼれた。

「私の方こそ…すみませんでした。観月さんの事、大好きだから…だから、もっと、構ってほしかったです」
「僕だってなまえが大好きですよ。これ以上ないくらいに」
「じ、じゃあ何でいつも素っ気ないんですか?」
「…それは、君が可愛すぎてまともに頭が働かなかったからですよ」

するりと、私を抱きしめていた腕が離れていき、今度は唇がふさがれる。濃厚なキスだった。無理矢理に観月さんの舌が口内に入り込んできて、息が苦しくなる。軽く観月さんの背中を叩いても、なかなか離れてくれない。

「んっ、んン、みづ、っふぁ」
何度も角度を変えながら濃厚に口付けされる。それは嫌じゃなかった。それよりも気持ちよくて、思わず足が使い物にならなくなって地面にへたり込んだ。やっと唇が離れたものだから、大きく息を吸って深呼吸した。少し落ち着いてきた頃、観月さんはへたり込んでいる私と同じようにその場に座りこみ、私を地面に押し倒す。

「っちょ、み、観月さ…!」
「名前で呼んで下さい」
「…え?」
「はじめ、です」
「!は、はじ…めっ、ん!」

ちゅう。さっきと同じような、だけどそれ以上に感じる濃厚なキスだった。舌を絡め取られて、優しく吸われて、全身に強い痺れが走る。指先の感覚がなくなって、私は観月さんの制服を握りしめる。苦しいのに、離れてほしくない。ここは道端なのに、いつ人が来てもおかしくないというのに、それでも止めてほしくなかった。(もっと、もっと)

「愛していますよ、なまえ」
「っは、ぁ…はじめさ、んン…っすき、すきです、」
「ええ。君は僕だけの物です。誰にも渡しませんし、離す気もありません」
「離さないで下さい…」
「んふっ、随分と可愛らしい事を言うんですね。素直なのは良い事ですよ」
「……はじめさん、いつにも増して意地悪です」
「それは褒め言葉ですね」
「…大好きです、はじめさん」
「僕はそれ以上に好きですよ」

そう言って、またキスをされる。私はきっと、この人の事が世界で一番好きで、ずっと一緒にいたくて。だからこんなにも幸せなんだろう。この人と離れる日が、一生来ない事を願った。

(愛しているだけじゃ、足りない)

 20120804
 20130119修正