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 俺にはずっと好きな女の子がいた。
その子は同じクラスの男子はもちろん他のクラスからもすごく人気があって、俺にとっては遠い存在だって自覚してる。それでもずっとその子だけを好きな理由は、とても些細だけど俺にとっては大きいものだった。



「あ。天野くん」
「!」

やっぱり、今日もいた。
その子はみょうじさんといって、花がとても好きらしい。だからいつもこうして裏庭の花壇を見に来てるんだ。でも、俺にはそれがよく分からなかった。花なんかずっと見てても飽きちゃうし、まるで置物みたいにしゃがんだまま花壇を眺めているみょうじさんはすごく可愛くてキレイだけど、なんか、俺にはその魅力みたいなものが理解できない。
(俺は、みょうじさんの横顔をみてる方が好きだけどなぁ…)

「天野くんも、花を見るのがほんとに好きなんだね」
「えっ?あ、う…うん!花っていいよね!」

ホントはみょうじさんに会いたいからここに来てるんだけど、と額に汗をかきながら嘘を言ってしまったことを少しだけ後悔する。だけどみょうじさんは嬉しそうに笑いながら言った。
「そっかぁ。わたし、いつも一人でここに来てたからちょっとだけ寂しくてね、」
「!…」
「だから、天野くんがここに来てくれるの、すっごくうれしいの」

そしてにっこりとすごく可愛い笑顔を見せたみょうじさんに、俺は思わず何も言えずに固まってしまう。
(うわぁ、す、す、っすごい、かわいい……!!)
心の中でひたすらそんなことを叫び続けている俺を心配したのかみょうじさんが「天野くん?」と声を掛けてきた。

「みょうじさん…!」

俺は思わずみょうじさんの方を見て、そのきらきらとしたキレイな瞳を真っ直ぐに見つめた。
 学校がある日はほぼ毎日、放課後のほんの十数分だけ一緒にいられる。隣に並んで、少しだけ言葉を交わしながら、でもみょうじさんは俺よりも花に興味を示しているし、女子が読んでる少女マンガみたいにキラキラフワフワした展開なんて期待するだけムダ。それでも俺はみょうじさんの横顔を見ているだけで自分の中にある「好き」という気持ちが膨らんでいくのが分かるし、すごく幸せを感じるんだ。

「あ、天野くん?どうしたの?」

ぽかんと俺を見つめたまま首を傾げるみょうじさんに、俺は勇気を出して言った。

「おっ、おれさ!ほんとは、花よりもみょうじさんのほうが、す、すごくかわいいと思うよ…!」
「! えっ」

ニ、三回まばたきをしたみょうじさんの顔が少しだけ赤くなる。俺はもっともっと赤いだろうけど、でも、ちょっとだけ嬉しかった。みょうじさんが初めて俺を意識してくれたような気分だったから。

だけどみょうじさんはすぐに満面の笑みを浮かべて
「そんなこと初めて言われたよ。ありがとう天野くん」
と至って平然と返してきた。
(あ、あれ?おかしいなちょっと想像と違うような…)
もっとこう、キラキラフワフワ……

「あっ!もうこんな時間だね」
「え、え!?あっ、ホントだ…」
「それじゃあそろそろ帰らなきゃ」
「あ……う、うん、そうだね」

すくっと立ちあがったみょうじさんに対し、俺は若干よろけながら立ちあがる。ダメだ、この恋が実る気がしない。裏庭から離れようと歩き出したみょうじさんの小さな背中を見つめながら、俺は深いため息をつく。
(言い方がダメだったのかなぁ)

だったら……

「みょうじさん!」
「!!」

俺はがしりとみょうじさんの肩を掴み、そのまま叫ぶように言った。もうどうにでもなれ!

「すっ、す、好きです!!」

ちょっとだけこちらに顔を向けたみょうじさんの顔は驚いているように見えた。じわじわと時間が進んでいくのが分かる。沈黙は短いようですごく長かった。しばらくしてみょうじさんが強張らせていた体を解いて、柔らかく笑う。うっすらとぽっぺたが赤くなっているのはたぶん、俺の勘違いかな。

「じゃあ、明日もあさっても、またここで一緒に花みようね」
「!」

(そ、それってつまり……!?)
一瞬バカみたいに期待した俺だったけど、みょうじさんはすかさず俺の淡い期待をぶち壊す。

「わたしも好きだから、花!」



恋に試練はツキモノっていうから
(いつか絶対、鈍感なきみに届くように)


 20140308