bookshelf | ナノ
 夏はあまり好きではない。少し走っただけで溢れてくる汗と、服の中に熱気がたまるのが苛立たしくて仕方ない。
だから体育祭なんてもってのほかで、俺は暑苦しいグラウンドの空気を吸った。視界の端では応援団が声を張り上げて応援をしている。今日は体育祭だ。こんなクソ暑い気温の中でよくあんな声を張り上げられるな、と心の中で嘲笑した。手元にあった携帯も、この気温に根を上げたのかさっきから上手く動いでくれない。しかしそれが俺の手が熱さで思うように動かないからだという事には、今の俺じゃ気づきもしないだろう。夏は、本当に頭が馬鹿になる

「キールア、どうしたの」
「あ…なまえ」
「もしかして具合悪い?大丈夫?」

 応援団という印のリボンをつけて、ポニーテールを揺らしながらこちらに走ってきたのは彼女のなまえ。
付き合ってから五か月は経つ、俺の彼女。って言ってもなまえと俺はそんな甘い雰囲気を振りまくよりは、二人でふざけ合ったりするから、友達に近い恋人同士かな。自分で言っててスゲー恥ずかしいけど。

「いや、大丈夫。ただちょっと…熱いだけ」
「じゃあ熱中症じゃない?今先生呼んでくるね」
「ちょっと待て、なまえ」
「え?」

ガシリとなまえの腕をつかむ。うわ、細っせー。自分も華奢な方ではあるが、身長は結構ある。それに比べてなまえは華奢で身長も小さい。まあ丁度俺の体にすっぽり埋まるくらいの体格だから俺としては超ベスト。
 しかしその細い腕には肉なんて全然ついてないと言っても過言ではなくて、こいつこんな細くて小さいのに、応援団であんな声だして大丈夫なのか?と心配になる。いまなまえは俺を心配してくれたが、逆に俺が心配したくらいだね。

「ちょっとさ、一緒にいてよ」
「…え?」
「今だけ応援はほかの応援団に任しとけば良いじゃん」
「でも、キルア珍しいね。普段はそんなこと絶対言わないのに」

暑さでどうかしちゃった?と、なまえはそう言って笑った。こいつはホントに可愛い顔してる。パッチリ開いた目を飾るように長い睫毛が並んでいて、その綺麗な黒髪が太陽で輝いていた。体育祭だからいつもは結んでないのに今日はポニテしてるし…。そんなちょっとしたなまえの変化にドキドキしている自分がいて、恥ずかしくなった。なまえは小さく笑って、俺の隣に座った。

「じゃあちょっとだけだよ?」
「おー」
「キルアは体育祭とかどうでもいいの?」
「まーな。俺別に運動好きなわけじゃないし。なんつーか、このテンションがなー、なんかなー」
「っふふ、そんな事言ったら団長に怒られちゃうよ」
「良いんだって」
「でも団長、頑張ってるし…」
「なに、なまえは団長の味方?」
「え、そ…そういうわけじゃないけど…なんていうか、なあ…ルシルフル先輩、だっけ?良い人そうだし…応援団長として、すごい頑張ってて格好良かったから…」

そう言って髪をくるりと指に絡ませたなまえ。そんななまえに、俺は思わずイラッときた。なまえの髪についている応援団員の印のリボンによって結ばれたポニテをしゅるりと解けば、なまえの細い髪がふわりと風になびきながら重力によって垂れさがる。ぱちくりと瞬きをしたなまえに、思わずキスをする

「っち、ちょっとキルア!ほかの人に見られたらどうするの…!」
「良いじゃん見せつければ」
「ポ、ポニテにするの…時間かかったのに…!リボン返して!」
「やーだね。だってこのリボン、あいつとお揃いだし」
「あ、あいつって…?」
「ルシルフルとかいう団長だよ。あとほかの団員ともお揃いだろ?…ムカつく」

(なまえとお揃いのものつけて良いのは俺だけなんだよ)

「…キルア、それって…」
「それに!お前がポニテしてんのとか、ぜってー他の男子とかガン見してたし…ぜってえ、可愛いとか…思ってたし…すげームカつく!!」

そう言ってまたキスをしてやった。今度は周りのやつらに見せつけるようにして。それと、応援団長にも見せつけるようにして。何度もキスをしてやれば、なまえは真っ赤になった

「っき、きききキルアの馬鹿ぁ!!」
「うっせー!だいたいお前が…――っ、」
「?」

俺は言いかけてやめた。(お前が俺に、やきもちなんて妬かせるから…)それから俺は口を手でふさいで、うつむく。周りの生徒がこちらをチラチラと見ていた。「何、ケンカ?」「いや違うでしょ。だって今、めっちゃキスしてたし」「痴話ゲンカでもしてるんじゃない?」そんな声が聞こえてきて、俺まで赤くなる。なまえはそんな俺を見て、クスリと笑った。(あ………、可愛い)

「キルアの馬鹿」
「馬鹿はお前だっての。やきもちばっか妬かせやがって」
「!…やっぱり、やきもちだったんだ」
「うっせー」

ふてくされた子供のようにして、なまえに抱きつく。なまえの髪が俺の頬に触れて、少しくすぐったかった。それでもすごく落ち着いて、それからしばらく抱き合っていたら、団長のルシルフル先輩に怒られてしまった。けどなまえは笑っていた。ルシルフル先輩は俺たちをバカップルだのなんだのって言って、笑った。それが青春みたくて、少し酸っぱくて、俺は、夏空の下で仲間と笑い合う。それは俺にとって思い出の体育祭となったのだ。


 20120611