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「まっずい」
「あ?どーしたなまえ」
「玉焼きの砂糖と片栗粉まちがえた」
「え」

昼休み、私は彼氏の花井と二人でお弁当を食べていた。花井とは付き合って一ヶ月で、まだ手を繋いだ事もない。だからキスとかハグとか、そういうのはきっとまだまだ遠い未来だろう。花井が言うには恥ずかしいらしい。そういえば花井はシャイだったな。私もだけど。そんな事を考えながら卵焼きを食べた瞬間、顔が歪んだのが自分でもわかった。

「砂糖と片栗粉って、どうやったら間違えんだよ」

花井は笑いながらそう言う。いつもはこんな事なかったんだけど、失敗は誰にでもある事だ。砂糖と片栗粉ってどうやったら間違えるんだろ、ホント。何だか恥ずかしくなってきて、私は花井のお弁当からトマトを奪い、口へと運んだ

「あっ、てめ」
「笑った仕返し」
「ああ悪かったって」
「お、思ってないでしょ!」

そうやって笑い合うこの昼休みは、私達が唯一恋人でいれる時間。花井は私と付き合っている事が皆にバレるのが恥ずかしいらしく、クラスでは友達として接し、放課後一緒に下校するなんてもっての他。だから昼休みだけでもって、こうして屋上で隠れて二人でお弁当を食べている。なんだか寂しいような気もするけど、私にとっては花井といれる時間は1分でも1秒でも嬉しいから、別に文句なんて無い

「…なまえ、米ついてる」
「えっ、どこ?」
「知りたい?」
「いや、さすがにここで知りたくないって答える女はいないでしょ」
「んじゃ、ここ」
「っ、!」

花井は私の頬を両手で覆うようにして掴み、思いきりキスをしてきた。

「よし、取れた」
「は、はな、い」
「なんだよその顔…」
「今、何して」
「あー言うな馬鹿!せっかく勇気出してやったのに恥ずかしいだろ!」

花井はそう叫んで真っ赤になった。…か、可愛い。じゃなくて!キスされた。はじめてキスされた。キスとかハグとか永遠にできないんだろうなって思ってた矢先、されてしまった。頭の中で「キス」という言葉がグルグルまわって、何だか頭がおかしくなりそう。花井は真っ赤な顔のまま、こちらを向いた

「…まだ、手も繋いだ事ねえし、なんつーか、その、……教室とか下校の時とか、恋人らしくできてなかった、から」
「花井、」
「い、嫌だったら殴ってくれ!いきなり悪かった、」

そんなに必死になられると、こっちまで照れそうだ。…というか、もうすでに恥ずかしい。私の頬にまで熱が溜まってきて、私は思わず俯いて笑った

「っは、はは…」
「って何笑ってんだよ、」
「だって、う、嬉しくて…」
「!」
「わ、私だって、ねえ」

花井の胸倉を掴むようにして、引き寄せる。真っ直ぐに花井を見れば、花井の目は真ん丸になっていて、それさえも何だか恥ずかしくて、どこかくすぐったい。気づけば花井が右手に握っていたお箸がカランと音を立てて地面に落ちた

「なまえ…」
「私だって、花井ともっと恋人らしくしたいし、手繋いだりキスしたり、そういうの憧れてた。嫌なわけ…ないよ、」

そう言って笑ってやった。花井の顔がこれ以上になく真っ赤になるのを見て、私まで真っ赤になる。花井は私の腕を掴んで、「く…苦しい」と呟く。あ、しまった。力入れすぎた。私は花井の胸倉から手を離し、ふう…と息を吐く

「なんか、ごめんな」
「え?」
「クラスの奴等にバレんのが恥かしいって言って隠してたのも俺だし、一緒に帰るのが恥ずかしいから駄目って言ったのも俺で…なんつーか俺、すっげー恰好悪ィ…」

ふい、と視線を逸らす花井。私は何だかすごく嬉しくなってきて、もう一度、今度は私から花井にキスをした

「…梓、大好き」


(今日、一緒に帰ろう。それで、手繋ごう)
(当たり前、だろ)
(お弁当、早く食べないと昼休み終わっちゃうね!)
(…あのさ、なまえ)
(え?)
(俺も、大好き)

 20120404