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 ユキとなまえが付き合ってる。ハルが俺にそう言ってきた時は、本気で死にたくなった。
なまえは二ヶ月前に江ノ島に引っ越してきた同い年の女。太陽の光を一心に受ける黒髪が綺麗で、よく似合ってた。初めて見た顔は少し大人びていて、だけど笑うと可愛くて。無邪気な奴。

「あ、ユキだめだよ!またシャツの襟が変になってる」
「え?あ、気付かなかった…ありがとなまえ」
「ふふ、ハルにばかり気を配る前に、自分のことちゃんとしないとだめだよ?ユキ」
「分かってるってば」

二人はよく笑い合っていた。前から気にはなっていた。今までハル以外は苗字で呼んでいたなまえが、なぜかいきなりユキを呼び捨てするようになって。俺は未だに宇佐美くんなのに、ユキのことはユキと呼ぶ。
そんなユキも、いつからかなまえをなまえと呼んでいた。

「ねえ宇佐美くん聞いてよ、ハルったら私の話、ちっとも聞いてくれないの!」
「そうなのか?」
「うん!言ってもね、"そうなんだ"しか返してくれないの!」
「…ちなみに、何の話題?」
「え?」

なまえは少し顔を赤くして、笑って言った。のろけ話、そう呟くなまえの視線はユキだけを捉えていた。ああ、ずるい。なまえの黒髪が風に揺れる。ハルは向こうの方で水を浴びていた。

「そっか、お前ら、付き合ってるんだっけ」
「うん。もうハルから聞いたでしょ、ハルったらお喋りなんだから!」
「っはは、良いんじゃねーの?」
「え?」

無理矢理笑って、なまえを見た。ぱちくりと開いたなまえの瞳。それを飾る長い睫毛。これ全部、ユキのものかよ。
俺はため息を吐いて、続けた。

「お似合いだな、お前ら」
「…ありがと、宇佐美くん」

俺は宇佐美くんなのに、ユキはユキ。それはやっぱりずるいんじゃなくて、羨ましかったんだと思う。俺だってなまえが好きなのに。付き合ってるのはユキとなまえ。
なまえの笑顔も想いも全部、ユキのものだ。俺がそれに触れるのは許されないし、奪うことも許されない。

「そろそろ暗くなってきたし、帰ろっか」
「…ああ、そうだな」

俺たちは立ち上がって、一緒に釣りをしているハルとユキを連れ戻す。また、なまえがユキに笑った。ユキも笑い返して、二人は顔を染めながら俺とハルに隠すようにして手を繋ぐ。

やっぱり、かなわない。ユキにもなまえにも、かなわない。俺は少し前を歩くなまえとユキの後ろ姿を見つめながら、またため息を吐いた。

「ユキー!なまえー!僕も混ぜて!」

ハルが二人の間に入って無邪気に笑う。そんなハルを見て、二人も笑った。ああ、こいつら青春してやがる。そんな二人を見て、泣きたくなるのを我慢して。俺の青春は少しだけ、しょっぱかった。


20120626
夏樹が可哀想な801