bookshelf | ナノ
「あ、いたいたみょうじさん」
「! 小湊先輩…」


結局ホームルームが終わった後、私は教室で小湊先輩を待つことにした。小湊先輩のクラスもうろ覚えだったのに対して小湊先輩は私が小湊君と同じクラスというのを知っているから、私が下手に小湊先輩を探しに行くよりも確実だと思ったから。どうやらその選択は正しかったらしくいつもと変わらない笑顔を浮かべた小湊先輩が私のクラスまで来てくれた。
私は鞄を握り締めて小湊先輩の元へと走る。

「あ、あの、さっきはすみませんでした…!話の途中だったのに」
「そういえばそうだったね。気にしなくていいよ、少なくともみょうじさんは」
「えっ?」
「春市には気にしてもらわなくちゃね」

小湊先輩の言葉を遮って私を引っ張ったのは小湊君だから、ということだろうか。小湊先輩の言う意味が少し気になったものの、どうしてですかと問うことはできなかった。するとすぐに
「だからみょうじさんは気にしないで」
と言われてしまい私は大人しく口を閉じる。余計なことを言ったら小湊先輩にまで嫌な思いをさせてしまうかもしれない。先ほどの小湊君の表情を思い出しては、また気分が沈んでいった。言われた冷たい言葉が頭をぐるぐるとして目の前に小湊先輩に意識がいかない。普段なら小湊先輩と話す時は嬉しくて仕方がないはずなのにこんなことは初めてだ。

「それじゃ、帰ろうか。と言っても俺は寮までだけど」
「は、はい」

三年生が一年生のフロアにいるせいだろうか、周りの目が少しだけ痛くて思わず小湊先輩から目を逸らす。小湊先輩の後ろにつくようにして歩けば、一緒に帰るんだから隣おいでよと言われてしまった。私を自分の方に寄せるため一瞬だけ掴まれた腕から微かに熱が伝わる。小湊先輩の体温だ。
私たちは並んで歩きながら、教室を後にした。








 放課後、兄貴がみょうじさんを迎えにわざわざ1Bの教室まで来た。
兄貴が廊下からみょうじさんを呼べばそれに気付いたクラスメイトが驚いて二人に目をやっている。教室内がざわついているのはいつものことだけど、今日は少し違うざわつきだった。僕はそれに気付かないフリをして教科書やノートを鞄に詰め込む。耳につくのはみょうじさんと兄貴の話題ばかりだ。

「なあ小湊!さっきみょうじと一緒にいたのお前の兄貴だよな?」
「……うん、そうだけど」
「付き合ってんのか?あの二人!」

二人の姿が見えなくなった後、たまたま近くにいた男子が僕にそう声を掛けてきたのに気付き、周りも興味があるような表情で僕の答えを待っていた。
(……苛々する)
僕はふと二人が出て行ったドアの向こうを見つめながら黙り込む。高校生なんだから他人の恋愛に興味深々なのも分かるしきっと彼は何の悪気もなく僕にその質問をしてきたんだろう。だけど、それは僕にとって今一番されたくない質問だった。

「おいどうなんだよ小湊〜」
「え、マジで付き合ってんの?」
周りで誰かが僕を急かす。それを聞いて僕はぴくりと目元を歪めた。頭で考えれば考えるほど苛々が募るのが自分でも分かる。僕は薄く息を吸い込んでから、苛立ちも全て吐き出すように周りに言い放ってやった。


「知らない」


その時のクラスメイトの顔は、さっきのみょうじさんの顔に少しだけ似ていて僕は少し吃驚してしまう。だけどみょうじさんは、もっと悲しそうだった。

「ごめん、もう帰るから」
「え、今日は部活ないのか?」
「うん。一軍だけね」
「一軍?」
「何でもない、じゃあまた」
逃げるように人と人の間ををすり抜けて僕は教室を出る。後ろでじゃあな小湊なんて声が聞こえたけど無視をしてしまった。

今日の自分はいつもと違った。絶対に変だ。だって今まで、ずっと大丈夫だったのに。分かっていたから、ちゃんと理解していたから我慢できていたのに。僕はただの友達で、兄貴はみょうじさんの好きな人で。僕の方が先に知り合っていたとか、僕の方がみょうじさんと一緒にいる時間が多いだとか、そんなの僕が悔しがる理由にならないことだって自分が一番よく分かってた。

僕はみょうじさんが好き。
だけど兄貴に負けたんだ。
だからこれは仕方のないことなんだ。
そうやって自分を慰めれば済む話なのに、今までそうやって立ち直ってきたのに。そりゃあみょうじさんが兄貴のことになるととびきり幸せそうな顔をするのがどうしても気に入らなかったけど、諦めるしかない恋を諦められずにうじうじする程容量は悪くないはずだった。


(どうせ今も、幸せそうに笑ってるんだろうな)

そう思ってみょうじさんの笑顔を頭に浮かべれば、すぐに楽しそうに笑い合う二人の姿が想像できた。きっとそろそろみょうじさんの恋は実ってしまう。兄貴はみょうじさんのことを妹みたいで可愛いって言ってたけど、きっと、それはあくまで"みたい"だって意味で。本当はみょうじさんをそういう目で見てるってことを僕は知っていた。

羨ましいなんて思っちゃいない。だけど死ぬほど後悔した。
あの時どうしてあんな冷たい態度を取ってしまったんだろう、どうしてあんなに酷いことを言ってしまったんだろう。嫌いなんて嘘だ。

ねえ、みょうじさん。



「………いい加減…気付いてよ」



本当は誰よりも大好きなんだよ。


20150313
君をはじめとする凡てが怖く感じた