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勝己とのセックスって優しいよね。
なんで?


隣で眉間に皺を寄せながら課題を進めている勝己にそう問うと、ボキッとシャーペンの芯が折れる音がする。0.3芯は高いのにもったいない。しかも私が貸したシャーペンだし。こちらに顔を向けて唖然とした顔をしている勝己をぼんやりと見上げながら、爆発しなかっただけ良かったのかもしれないなんて思った。

「……普通そういうこと聞くかよ」
「だよね…じゃあ聞かなかったことにして」
「んだとコラ!!」

ついにはシャーペンを向こうへ放り投げてそう怒鳴った勝己。私は何故ここで怒鳴られたのか理解できすに首を傾げた。その時ふと部屋の隅まで転がってしまったシャーペンが目に入ったからよいしょっと声を漏らして拾いに行こうと立ち上がる。しかし私のそんな行動さえも気に入らなかったのか今度は腕を掴まれてしまった。

「…何?」

その質問に返事は返ってこず、勝己はしばらく私を睨み付けてから拗ねたように顔を逸らす。さっきの質問がそんなに嫌だったのだろうかと私はもう一度首を捻るが、勝己がそれ以上何か言う様子は無い。どうしたものかと思い私も黙っていたのだが、ふと掴まれた腕に目をやった。
(……痛くない)
私を離さんとばかりに掴んでいるくせに、その手は私が痛みを感じないギリギリのところで加減してる。そう、私は勝己のこういうところがちょっとよく分からないのだ。優しい勝己は好きだし、むしろ勝己の思わぬ優しさを好きになったから私たちは今こうして付き合っている。だけどたまに、本当は勝己は無理をしているんじゃないかと思うことも少なくなかった。
セックスの最中、勝己は必ず「痛くないか」と何度も私に確認する。驚くくらい優しく触っているにも関わらず私の心配ばかりするのだ。一回目はお互いに初めてだったし、見よう見まねで心配するのもまだ分かる。だけど二回目は、勝己が満足できるなら少しくらい乱暴でも良いと構えていた。それなのに勝己は二回目も私の体を気遣ってばかりで、結局ちゃんと達することすらできていないのを私が気付かない訳がない。勝己が私とのセックスで満足したことがないのを知っていた。

「……勝己、気持ち良くなかったでしょ」
「は?何が…」
「だって二回とも私のことばっかり気にして優しくするから、全然満足できてなかっ
「オイ」
「!」

途中で勝己の怒ったような声が私の言葉を遮ったものだから少し吃驚して口を閉じる。と、勝己はやっぱり眉間の皺を深くして私を睨み付けた。ぎゅう、と掴まれた腕に力が込められて初めて勝己から"痛み"を与えられる。勝己の握力が普通の人より断然強いことは知っていたがまさかこんなタイミングでそれを実感させられるとは思わず、私は小さく声を漏らして目元を歪めた。
するとそれを見た勝己が再び低い声で言う。

「やっぱそういう顔すんだろ、テメェ」
「っえ…?」
「だから俺が無茶苦茶したらテメェそういう顔すんだろって言ってんだよ!」
「…!!」

強めにそう言われて私は目を丸くした。(え、じゃあそれって…) つまり私の痛がる顔を見たくないから優しくしてくれていたって、そう捉えて良いんだろうか。
勝己は嫌々私に優しくしてくれているんだと思っていた。私が一回目のセックスの時に挿入を怖がったせいで、"痛がられると面倒だから"というような理由で優しくされているのだと思っていた。無理して優しくされるくらいなら乱暴にしてくれた方が良いと言う機会が欲しくて「なんで?」なんて質問を投げかけてみたものの、まさかこんな答えが返ってくるとは。誤解していたのは私の方だったようだ。

「か、勝己それで優しくしてたの…?」
「テメェはどういう理由だと思ってたんだよ」
「いや……私が痛がると面倒、だからかなって…」
「ぁあ?んだよそれ」

私の言葉に勝己は呆れたような顔をした。何だかバツが悪そうにがしがしと頭を掻きながら、あ゙ーと掠れた声を漏らす。気付けば腕の痛みは和らいでいて、勝己の手はするりと簡単に離れていった。無くなった体温に少し寂しさを感じながらも再びシャーペンを拾いに部屋の隅まで行くと、いつの間にかすぐ後ろまで近付いてきた勝己にぐいっと抱き締められる。せっかく拾ったシャーペンがまた地面に落ちた。

「…か、勝己…」
「テメェは満足じゃねえのかよ」
「え?」
「セックス、乱暴な方が良かったか?なぁ」
「な、何言って……!」

わざと私の子宮のあたりをくいっと押して、耳元で囁くようにそう問う勝己。ずるい、そうやって勝己は私が嘘を付けないようにするのが上手いんだ。私が勝己の低くて掠れた声が好きだし、勝己の体温もしっかりした腹筋も腕も、肌に擦れる髪の毛も全部好きで好きでたまらない。
自分からセックスの話題を吹っ掛けたくせに逆にこうして問われると羞恥で胸がいっぱいになった。どくどくと心臓が全身に血を送る音が、勝己に聞こえていないだろうか。じわじわと滲んでくる汗の匂いがバレてしまっていないだろうか。色んなことを考えるうちに随分と長い沈黙になってしまっていたのだろう、早く答えろと言わんばかりに首筋を甘く噛まれて息が漏れた。

「っ、か、勝己、やめて」

じっとりとした舌の熱に戸惑いながらもそう言えば、勝己は私の声が聞こえているはずなのに無視して耳にも舌を這わせる。控えめだった行為がだんだんと荒くなっていって、ついには犬のように夢中で耳を舐められた。ざらついた舌が皮膚に触れる度にびくびくと体が震えて立っていられなくなる。お腹に回された勝己の腕を必死になって解こうとした。

「ね、やだ、勝己…っはなして」
「ッは…思ってもねェこと言ってんなよ」
「なっ…!」
「痛がられるのが面倒だァ?こっちが必死こいて我慢してたっつーのに何ワケわかんねぇ勘違いしてんだよバカかテメェは!」
「ば、バカ……!?なにそれ、私は勝己が無理してたら嫌だから聞いただけなのに、っちょ、やだやめて…!」
「無理してまでセックスできるほど俺が優しくねェこと知ってんだろ」
「!……っ…かつ、き…」

スッと服の中に手が入ってきて、臍の周りを勝己の硬くてひんやりとした指先が滑った。その手つきはもう今までほど優しくなくて、私の肌を確かめるように上へ上へと移動していく。胸を触られそうになった時、また首筋を舐められたような気がして私は音を立てて息を吐き出した。
「ッは……!」
ひゅ、と喉が震えて全身から力が抜ける。使いものにならなくなった足のせいで座り込もうとした私の体を、咄嗟に勝己が支えてくれた。

「危ね…ッ」
「は、ぁっ……」
「ったくもう限界かよ、ホント体力ねぇな」

それでも勝己とのセックスで一回もバテなかったのは、私の体力を考えて勝己が加減してくれたから。体力がないとか文句を言っておきながら気遣ってくれるのは、それほど私を大事に想ってくれているからだと分かっていた。勝己は素直に本音を言ってくれないけど、ポーカーフェイスが下手ですぐ顔に出るからそれさえも愛おしく感じてしまう。
倒れ込みそうになった私をゆっくりと床に座らせ、その上に跨るように勝己が私に体重を掛けた。上から見下ろされるだけで体中がくすぐったくて、勝己は私を見てるだけで触ってないのにまるで触られているような感じがして私はふいっと目を逸らす。

「…何で目逸らしてんだよ」
「っ…別に何でも」
「顔真っ赤だぜ?恥ずかしいんだろ自分から吹っ掛けたくせによぉ」
「!だ、だから何でもないって
「なまえ」
「……っ、な…」

突然名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げるとまるでそれを狙っていたみたいにキスされた。音も立てずに唇同士がくっ付いて、そのままぐちゅっと唇を割って口の中に勝己の舌が入ってくる。キスなんて初めてじゃないのに今までで一番体が痺れた。頬の裏や歯列をなぞられて指先に変に力が入る。キスだけは今までと同じように優しくてしつこいくらい甘ったるい。
勝己の体温が欲しかったから背中に腕を回そうとすると手首を掴まれて床に組み敷かれてしまった。

「ふ、う…っぁ…」

呼吸はだんだん苦しくなるし、口端から流れ落ちる唾液が首筋をくすぐり服の中まで入ってくる。熱を帯びた勝己の息が頬に当たる度、どうしようもない切なさが胸一杯に襲いかかった。こんな風に床に押さえつけられて体重を掛けられて、手首は痛いし勝己は容赦なく私の酸素を奪うしで良い気分な訳がない。それなのに、そんな気持ちとは裏腹な欲求が溢れてきた。

「っかつ、き、勝己、っ…」
「はッぁ……んだよ…」

勝己は一旦唇を離し、私の頬から首筋にかけてを流れる唾液を手の甲で拭う。私はそんな勝己に顔を見られないよう思いきり抱き着いて硬い胸に顔を埋めた。突然のことに驚いたのか勝己は私をすぐには抱き返さず、詰まったような声を漏らしてからぎこちなく私の背中に触れる。伝わってきた掌の熱に、心臓がどきりと跳ねた。

「勝己……っ勝己、かつ、きぃ……」

整わない呼吸の音と、まるで私たち以外何も無いかのように静まり返った部屋の中。じんじんと体中が悲鳴を上げてるみたいに熱を溜めている。私が勝己に縋るように何度も何度も名前を呼べば、一瞬だけ勝己が笑ったような気がした。優しく私の髪を撫でたかと思ったらその手は次第に強く私の髪をくしゃっと掴み、また私に体重を乗せる。
荒々しく、熱っぽい吐息が耳を掠ったらもう何も考えられなくなった。

「ッ随分と……良い顔してんじゃねェか、なまえ」
「やだ、み、見ないで…っ」
「テメェも相当な変態だよなぁ」
「っな…ちが…!」

私の鎖骨に爪を立てながら勝己は楽しそうに笑っている。そんな勝己の顔にちらりと目をやって睨み付けると突然もう片方の手が私のスカートを捲り上げた。

「!?っあ、ま、待って勝己…!」
「待つワケねぇっつの、つーかテメェもお預けとか無理だろ」
「は、っや…ぁあ、あ…!」
「すっげ……ドロドロ」

ぐぷ、と小さな水音を立てて勝己の指が私の膣内に押し込まれる。いつの間にかどろどろになっていたそこは簡単に勝己の指を飲み込んで離すまいと締め付けた。私が両腕で顔を隠しながら声を漏らせば一本だった指が二本三本と増えていきぐちゅぐちゅと音を立てながら膣内を動き回る。

「期待しすぎ」

乱暴な指の動きとは裏腹に、ひどく甘い声だった。
部屋の電気の光がチカチカと眩しくて勝己の顔がよく見えない。卑猥な音も、快感も、今ここにある全てが私を深く攻め立てる。

「っホラ、よ…!!」


勝己が一際強く私の膣壁を引っ掻いたら、一瞬にして目に映る全てが見えなくなった。体の奥の方から湧き上がる威圧感と、同時に感じた脱力感。どっと押し寄せる快感が怖くて、体がびくびくと震わせながら手さぐりで必死に勝己の大きな手を探した。こんなの知らない、こんな快感、与えられたことがない。きつく目を瞑って勝己の指に自分の指を絡めるとすぐに勝己も強く握り返してくれて私は思わず涙を滲ませた。

好き、大好き、愛しくてたまらない。

そんな思いが胸を締め付けて切なくなる。ずっとこうしていたい。勝己のそばから離れたくない。そんなことを思っているのは私だけじゃないと良いな。

「はぁっ、は……っ」
「最後……すげー顔してたぞ」
「えっ…?」
「痛かったんだろ」
「!……あ…」

そういえば、最後に中を引っ掻かれた時、少しだけ痛かったかもしれない。もしかしてそれを心配しているのだろうか。勝己は眉間に皺を寄せたままスッと私の頬を撫で下ろした。だけど私は緩い笑みを零して勝己の手に自分の手を重ねる。勝己の目が驚いたように見開かれた。

「…大丈夫……だって好きだから、大丈夫だよ」
「!!」
「大好き、勝己」

そう言って勝己を見上げれば勝己の手がぴくりと反応して、顔は赤くなっていた。声にならない声を漏らしてからぎゅっと力強く私の手を握り締めそのまま私を抱き起す。ぼすんと音を鳴らしながら鼻が勝己の胸に当たった。

「…勝己……?」
「…んだよ」
「………優しいね、勝己は」
「!!……」

勝己の体は硬くて大きいし、目付きも口も悪くて乱暴だし、それなのに何でだろうね。勝己とのセックスが優しいのは。


「うっせんだよクソが」
「…うん、もう黙る」

勝己の言いたいことは顔を見れば何となく分かるし、勝己が優しい理由も少しだけ分かるようになった。やっぱり勝己は優しいよ。ちょっと優しすぎるくらいに。

「…ねえ勝己。最後にひとつだけ、いいかな」
「……」

返事が無かったから勝手に喋ることにした。私は勝己の背中にしがみ付きながらしっかりと勝己の全てを胸に刻む。ずっとずっと、この幸せを感じていられるように。勝己のことが何よりも大好きなんだよって、訴えかけるように。

「優しくしてくれてありがとう」

私はきっと勝己となら、痛いだけのセックスでも嬉しいって思う。それでも勝己が優しくするのは勝己も私と同じように私を好きでいてくれているからってことなのかな。そう思うと勝己を前よりももっともっと好きになった。優しいセックスでも良いのかもしれないって思った。今はまだ、焦らなくても良い。いつか勝己が優しさだけじゃなく痛みや悲しみを与えてくれるその日まで、その日からもずっと、一緒にいれたら良いのにな。



ゆっくりと目を瞑りながら勝己に体を預けると、耳元で小さく好きだと言われたような気がした。


20150311
やさしい痛みを与えるの