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これと若干繋がってます。





 隣のクラスの天野くんは、特に目立つようなタイプではなくてどちらかというと地味な方に近かった。だけどたまに、まるで誰かと話でもしているかのように一人でしゃべっていたりとか、急に変なことを言いだしたりとかそういう噂も聞いていて、何だか面白い子だなと思ったんだ。そう、たしかそういう話を友達から聞いたときから私は天野くんのことが気になっていた。


 天野くんと初めて話したのは裏庭の花壇でたまたま会ったときのこと。私は昔から花を見たり育てたりするのが好きで、園芸委員でもないのによく花壇の花を見に来ていた。そんな私にいつも声をかけてくれたのが天野くんで。花が好きな男の子なんて珍しいなあと不思議に思ったが、なんだかんだ私の中で天野くんはとても大きな存在だった。

たまに一緒にここに来てくれる友達はいたけど、最近の女の子たちはみんなバレンタインのことで頭がいっぱいらしく、ますます私の趣味に付き合ってくれる女の子はいなくなってしまったわけで。今年はなにを作ろうだとか、ラッピングはどうしようだとか、こんなのも良いねあんなのも良いね、なんてバレンタインの話をする友達はとても楽しそうで見ている私も何だかわくわくしていた。


そうして気付けばもうバレンタイン当日の今日、私もそんな女の子たちのように浮かれてクッキーを作ってきてしまったわけだけど。

「……やっぱり来ないかなぁ」

いつもなら天野くんはもうとっくに来ている時間なのに、今日は私は一人ぼっちだ。もしかしたらクラスの女の子たちにチョコをもらったから嬉しくてすぐに家に帰っちゃったのかな、とかそうだったら少し悲しいななんて思いながら理由もなく花壇のレンガに触れてみる。

「………」

べつに、一人だから寂しいわけじゃない。天野くんがいないから寂しいんだ。毎日のように一緒に花壇を見てくれるのは天野くんくらいだし、花が好きな男の子も彼くらい。
前に一度、天野くんが私に言った「好きです」という言葉を思い出して私はそっと頬を緩めた。
(…嬉しかった、な)
まるでその言葉が自分に向けられているのではないかと勘違いしてしまうくらい、嬉しかった。変な勘違いをしてしまって戸惑う姿を見られたくなかったから大袈裟な反応はしなかったけど、本当は、その言葉が花じゃなくて私に向けられたものだったらいいのにと思う。

「…天野くん」

ぽつりと"特別な男の子"の名前を呼んで、花を見つめる。風に揺れることなく堂々と咲いた花はとても綺麗だ。そしてここに天野くんがいたら、もっと……



「みょうじさん!」
「!!」

とつぜん後ろから声が聞こえたものだから驚いて振り向けば、私は更に驚くことになる。(え、っえ、なんで…!!)

「あ、天野くん…!?」
「遅れてごめん!今日日直で先生に雑用たのまれちゃってて…」

もしかしてもう帰るところだった?なんて、約束もしてないのにまるで一緒に花を見ることが前提みたいな言い方をした天野くんに少しだけ心臓が音を立てた。私は手に持っていたクッキーを咄嗟に隠しながら天野くんに笑顔を向ける。

「ううん、大丈夫だよ」
「ほんと?良かった…!」
「……天野くん」
「ん?」

ぽつりと消えそうな声で彼を呼ぶと、ちゃんと伝わったようで天野くんは不思議そうに首を傾げた。
「…みょうじさん?」
丸くてぱっちりとした目がじっとこちらを見つめている。このクッキーを渡すなら、きっと今しかない。そうは思っても実際に行動に移すのは随分と困難で、私はしばらく黙り込んでから控えめな笑顔を彼に見せた。

「来てくれてありがとう」

そう言ったタイミングとか、空気とか、自分の声ですら不自然なような気がして、意気地無しの自分を恨んだ。背中に隠したクッキーは割れない程度にぎゅうっと握り締める。しかし鈍感な天野くんはそれに気付かずへらりと笑った。

「だって俺、みょうじさんとここにいるの好きだし!」
「…!!」
「むしろお礼はこっちが言いたいくらいだよ…!」

それは悔しくなるくらい優しい言葉だった。天野くんは照れくさそうに頬を染めると、花壇の前にしゃがみこんで私から顔を隠すように「ありがとう」とつぶやく。そんな天野くんに心臓が大きく跳ねた。花を見つめながら少し嬉しそうな表情を浮かべる天野くんに、私は思わず頬を緩ませる。そして今度ははっきりと、彼の名前を呼んだ。

「景太くん」
「!? っえ、な…」

驚いたようにバッと私に顔を向けられた顔は真っ赤に染まっていて、私まで恥ずかしくなってしまう。どきどきとうるさく音を立てる心臓をそのままに、私は持っていたクッキーを天野くんに差し出した。それを見た天野くんは何度か瞬きをしてから、今まで以上に顔を赤くして私を見る。

「っ…みょうじさん、これ、お、俺に…!?」

途切れ途切れの質問に大きく頷き、私は満面の笑顔で言った。

「特別だよ」

そんな私の言葉に唖然とした天野くんはしばらく顔を赤くしたまま黙っていたが、急にすくっと立ち上がってクッキーごと私の手を包み込む。突然のことに驚いて「えっ」と声が漏れてしまった私の声に被せて彼は大きく
「ありがとう!すごく、すっごく嬉しいよ!!ホントに!!」
と叫んで真っ赤な頬を緩ませた。そんな彼の顔を見て、私は安心したと同時に心の底から嬉しくなる。


 いつもここに来てくれる天野くんも、いつもにこにこと太陽みたいに笑う天野くんも、いつも真っ直ぐな優しさをくれる天野くんも、私は全部大好きだ。"気になる"なんて言葉だけじゃ表現しきれないこの気持ちは、一生懸命つくったクッキーにのせて少しでも天野くんに伝わるといいな。

(それは、本命だよ。天野くん)

心の中だけで小さく彼に伝えれば、彼はまるでそれが聞こえたかのように私を見て柔らかく笑った。


「俺、大好きなんだ」
「!」
「ここで一緒に見る花も、みょうじさんも!」
「あ、天野く……」
「だから明日も、あさっても、みょうじさんと一緒がいいな」

まるで一本とられたような気分だ。どきどきと速くなる鼓動はとまらないし、胸も苦しくて死んでしまいそう。気づけば花を見るという目的を忘れて呆然と彼を見つめる私に、天野くんは太陽みたいな笑顔で言った。


「ホントにありがとう、なまえちゃん」


太陽みたいなあなたが好きです
(それは何よりも嬉しい特別な贈り物)


20150214