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「ノボル君ってみょうじさんに甘いよね」


 たまたま昼休みに虎堂君と舞浜君と新井谷君と四人で話していたら、舞浜君が急にそんなことを言い出した。突拍子もない言葉に私が驚くと新井谷君は「確かに言えてる」と小声で言っていたが虎堂君は大きな声で「そんな訳ねーだろ!」とか何とか言って怒り出しまったのだ。

虎堂君と一緒に居るようになったのは最近だけど、彼の嫌味な物言いや決して良いとは言えない性格のせいか一人で居ることが多い印象がある。それに、仲の良い舞浜君や新井谷君に対してもキツく当たったりすることはあるようだ。それはもちろん私にも。
周りの女の子たちは私と虎堂君が仲良くなった(?)のを知って驚いたような顔をしていた。そんなに意外だったのだろうか。

結局怒ったまま教室を出て行ってしまった虎堂君を舞浜君と新井谷君が追いかけることはなく、挙句の果てに
「多分照れてるだけだよ。ノボル君、素直じゃないから」
なんて言っていた。二人は虎堂君の扱いに慣れているらしい。
私も私で虎堂君を追いかけはしなかったし、たしかに、舞浜君の言ったことは当たっているかもしれないとすら思ってしまった。自惚れすぎかもしれないけど虎堂君は私におせっかいを焼くことが多い気がする。それに、ぶつぶつ文句を言いながらも私の意見を通してくれることが多いのだ。
だから私が虎堂君を気に入っているのかというと少し違うけれど、実は優しくて友達想いなところがある虎堂君を私が相当気に入っているのは事実だ。だって虎堂君、本当はすごく良い人なんだもん。






 放課後になっても虎堂君の機嫌はまだ直っていないようだった。それが果たして"まだ怒っている"なのか"もう怒ってはいないが私たちに声をかけるタイミングが掴めない"なのかは分からなかったが、多分後者だろう。さすがの舞浜君も「悪いことしたかも」とぼやいていた。

最近はほぼ毎日四人で帰っていたのだが、今日はそうもいかないらしい。舞浜君と新井谷君はそれぞれ家の用事やらがあるらしく、しかしだからと言って私が虎堂君と二人で帰るのも何だか変な話だと思った。
(今日は一人で帰ろうかな……)
そう思い鞄を肩に掛けたのは良いが、やっぱりこのまま虎堂君を置いて帰るのは癪だったから思わず虎堂君に声を掛けてしまう。


「虎堂君」

おせっかいかもしれないと後悔したが、虎堂君は無視することなく私に視線を向けてくれた。だけど少し、拗ねているような鋭い目付き。

「…何だよ」
「あ、えっと…舞浜君と新井谷君、今日は用事があるらしくて…その、先に帰ったよ」
「あっそ」
「……ねえ、もしかしてさっきのことまだ怒ってる?」
「は!?」

また、虎堂君は怒鳴るように大声を出した。だけど顔は赤くなっていて全然怖くない。やっぱり二人が言っていたように照れているだけのようだ。私は机の脇に掛けてある虎堂君の鞄を取って机の上に乗せる。それを見て虎堂君は少し驚いたように目を丸くした。

「か、帰ろう?一緒に」

ぎこちない口調でそう言うと虎堂君はまた顔を赤くする。そんな顔をされると何だか私まで恥ずかしくなってしまって、思わず彼から視線をずらした。

きっとお互いに何を言ったら良いのか分からず黙り込んでしまって、そうしてるうちにクラスメイトはぞろぞろと教室を出て行く。黙ったまま動こうとしない私たちを見て不思議そうに首を傾げている子もいた。

「…虎堂君」

少し急かすように虎堂君に声を掛けると、虎堂君もハッとしたように私を見る。しかしすぐに顔を逸らして拗ねたような声で言った。

「一人で帰れば良いだろ」
「……私は一緒に帰りたい」
「やだね!!」

半ばムキになった私に対して、虎堂君も同じように強い口調でそう言って私を睨んだ。その視線に思わず体を強張らせれば、虎堂君はまるで「しまった」とでも言うかのように唇を噛み締める。
(……まただ)
虎堂君はいつもキツいことを言うくせに、私が泣きそうになったり傷ついた顔を見せるとすぐに後悔した顔を見せるのだ。だから私と虎堂君の喧嘩は長続きしない。先に虎堂君が折れてしまうから。


 しばらく困ったように目元を歪めていた虎堂君だったが、ようやく私に視線を戻して小さな声で呟いた。

「…俺のこと名前で呼んだら、言うこと聞いてやるよ」
「……え?」
「だから……! っ、やっぱ何でもねえ!!」
「え、ま、待ってよ…!?」

突然がたんと音を立てて立ち上がった虎堂君は無造作に鞄を握り締めて教室を出て行こうとする。そんな虎堂君の腕を掴んで引き止めるのと、たった今虎堂君が言った言葉を頭の中で理解したのはほぼ同時だった。
(名前、って……)
それだけで良いの?と思いながらも、立ち止まった虎堂君の背中に私は首を傾げながら言う。


「……ノボル、くん?」


間抜けな声になってしまったかもしれない上にこれで虎堂君が納得するのか不安だったが、虎堂君は意外にもあっさり私と目を合わせてくれた。
じっとこちらを見つめる猫目に思わずどきりとして視線を落とせば自然と手から力が抜け、虎堂君の腕を掴んでいた手は行き場を無くす。やけに時間の進みが遅く感じた。

「あ……あの」
「ぼさっとしてたら置いてくからな」
「えっ」
「…帰るんだろ、一緒に」
「!」

私は驚きのあまり目を丸くした。(ほ、本当に今ので良かったんだ……) 関われば関わるほど虎堂君改めノボル君はよく分からない人だ。だけどそれ以上に、ノボル君が私にしてくれる"優しさ"は増えていく。それがたまらなく嬉しくて、何だかくすぐったかった。

すぐに私に背中を向けて歩き出すノボル君を追いかけながら、私はまた舞浜君の言葉を思い出す。
(……甘い…)
鞄を持ち直しながらノボル君に視線を向ければ目が合うことはなかったけれど、その代わりに少しばかり赤くなったノボル君の横顔が目に入った。ぼさっとしていたら置いていくなんて言っていたわりに、ちゃんと私の歩幅に合わせて歩いてくれている。そういうところにいつもの彼とのギャップを感じるというか、とにかく嬉しくてあったかくて仕方ない。


「…何笑ってんだよ」

無意識のうちに零れた私の笑顔を見てノボル君は微妙な顔をした。だけど私はそんなノボル君にお構いなしにまた笑う。赤く染まったノボル君の頬に窓越しの夕焼けが映り込んで、とても、綺麗だ。


「やっぱりノボル君、私に甘いよ」




20150122
ソルシエは笑う