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 私と同じバディポリスとして働くタスク君は、何かにつけて背伸びをすることが多かった。
年下扱いをすれば当然嫌な顔をするし、子供っぽいところを頑なに私に見せようとしない。そんな彼は中学生ながらもバディポリスとしてしっかりと仕事をこなしている上に、危険を伴う事件やクリミナルファイターにも怯むことなく向かっていくのだ。ましてや弱音を吐いているところなんて見たことがない。そういった意味では確かにタスク君は私よりも大人びているのかも、なんて思うこともある。
だけど私はタスク君には中学生らしい姿でいてほしかった。無理に背伸びなんかしないで、守ることばかり考えないでもっと私に頼ってほしい。そもそも三歳程度しか変わらないタスク君に対してそんな風に思う私も私で背伸びをしているのかもしれないけれど。

でも、好きな人には素直でいてほしいと思うものだ。





「あ、なまえさんだ」

滝原さんに大事な資料を届けるため廊下を歩いていると、向こうから歩いてきたタスク君が私に気付き笑顔でひらりと手を振ってくれた。別に急いでいるわけではなかったし、タスク君が足を止めたから私も同じように足を止める。

「それ、この前の事件の資料ですか?」
「うんそうだよ。滝原さんのところに届けに行くの」

私が持っている資料をまじまじと見つめてからタスク君は「へえ」と小さく頷いた。だけどすぐに不満そうな顔をして私を見る。(?…どうしたんだろう)その顔は何だか不貞腐れた子供のような表情で、あっこれはレア顔かもしれないなんて思っていたら今度は茶化すような声で言われた。

「そういえば滝原さんとなまえさんって付き合ってるんじゃないかって噂聞いたんですけどアレどうなんですか」
「へ?」

急に何を言い出すのかと吃驚したけど、その噂とやらを瞬間的に実際に想像してみたらあまりに不釣り合いで思わず笑ってしまう。誰がそんな噂を言い出したんだろうか。

「あはは、何それありえないよ」
「そうなんですか?」
「だって私、仕事以外でほとんど滝原さんと喋らないし」
「…へえ……」
「どっちかっていうとタスク君との方が仲良いと思う…けど」
「!」

私が小さな声でそう言うとタスク君は目を丸くした。(あ、しまった)咄嗟に言ってしまったが冷静に考えたら少し大胆な台詞だったかもしれない。するとタスク君は私から視線を逸らして何やら考え込んでいるような表情を見せる。その顔や目付きは、何だかいつものタスク君じゃないみたいだった。どこがどういう風に、といわれるとあまり上手く説明できないが。

「タスク君?」
「すいません、なんか、急に変なこと聞いて」
「ううん、大丈夫だよ。そういう風に言われてるって知らないよりは全然!」

タスク君の表情から元気がなくなったのが気になり、私はあえて笑顔でタスク君にそう返す。なるべく空気を明るくしようと思ったのだがその効果は乏しく、タスク君は俯き気味に口を開いた。

「…なまえさんは…嬉しい、ですか?」
「え?」
「滝原さんとお似合いだって言われて」

そう問うたタスク君の顔は前髪に隠れてあまりよく見えなかったけど、私は、すぐにその質問に答える。

「ううん、あんまり」
「…!」
「私は滝原さんのこと好きじゃないから」
「じ、じゃあ、」

突然タスク君の腕が伸びてきて、そのまま流れるように腕を掴まれる。ほとんど身長が変わらない、というか多分タスク君の方が大きいため私は少しだけ顔を上げながら唖然と彼の顔を見つめた。切羽詰ったようなタスク君がいつもより大きな声で言う。

「僕とだったら、どう思いますか」
「……え…?」
「僕と付き合ってるんじゃないかって噂されたら、なまえさんは嫌ですか?…教えてください」
「そ、れは……」

あまりに真っ直ぐ見つめられて心臓がうるさく音を立てた。ばくんばくんと心臓が震える振動を体中に感じながら、私はタスク君から目を逸らす。

「……う…嬉しい、よ」
「! ほんとうですか…?」

タスク君が顔を近づけながら口を開いたせいで、薄い吐息が頬を掠めた。それにさえもどきどきしてしまって私は彼から逃げようと腕を捻る。しかしある程度はしっかり鍛えられたタスク君の力に敵うことはなく、ひとつ変わったことといえば持っていた資料が床に落ちただけだった。

どうして急にこんなことになっているのか頭がついていかず、整理もできず、ただただ熱くなった頬と加速する鼓動すらどうにもできずに俯いてしまう。
(……ちか、い…)

「た、タスク君、私そろそろ滝原さんのところに…」

とにかくこの状況をどうにかしたくてそう言うと、タスク君はおとなしく私の腕を離してくれた。しかしすぐに今度は両頬に手を添えられて全身が固まる。タスク君は今まで見たことのない大人びた表情で、優しく言った。

「噂、作っちゃいませんか」
「……あ、あの、タスクく…」
「それで、どうせなら事実にしましょうよ」

タスク君が何を言っているのか理解できずにテンパっていると、決定的な一言がタスク君の口から飛び出す。


「僕、なまえさんのことずっと好きだったんです」


私は何も言えなかった。言いたいことは頭に浮かんだのに、それがどうしてか口に出せなかった。緊張で喉はからからに乾いていたし、包まれた両頬があまりに熱くて頭が言うことを聞いてくれない。

「…逃げないんですか」
「っ……」
「僕、そんなに力入れてませんよ」

ゆったりとした声で確実に私を追い詰めるタスク君に、そしてこの状況に、体の奥からじんじんと痛いくらいの痺れを感じる。目の前にあるタスク君の顔とか、声とか、体温も含めて全部。全部、恥ずかしくて嫌になるくらい嬉しかった。

「…良いんですか?拒否しないなら本当になまえさんのこと、そういう風に見ますよ」
「……ぁ…」
「僕、もう好きすぎて苦しくなるくらい、なまえさんに依存してます」
「……!」
「なまえさんも僕に依存して、たくさん苦しい思いをしてください。僕はなまえさんの苦しむ顔が、きっと愛おしくて仕方なくなる」
「…タスク、くん……」
「……こんな僕が嫌なら、逃げて良いんですよ」

そう言ったタスク君の顔を見た途端に、私は思わず彼の名前を呼んだ。
「タスク君」
私のはっきりとした声に反応したタスク君の両手に自分の手を重ねて、私は少し背伸びをする。自分の唇に、柔らかい何かが当たった。


「いいよ」


私の好きな人はタスク君だ。たとえ彼が、私が思っていたよりも少し厄介で思い性格をしていると分かっても、それが変わることはない。
触れ合った唇が、やがて少し深く混ざり合う。さっきまで私の両頬に触れていたタスク君の手は、気付けば私を離さないと言わんばかりに後頭部と腰に回されていた。

「ん、っふぁ」
「はぁ…っなまえさん」
「タス、ク君……っわたし、ね」
「……ん…?」

途切れ途切れにタスク君に話し掛ければ、タスク君は名残惜しそうに私の唇を舐めてからキスを終わらせる。まだ整いきっていない呼吸のまま、私はタスク君の背中に腕を回した。さっきよりももっと距離が近くなる。

「うれしくて、嬉しすぎて、もう十分苦しいよ」

優しく抱きしめながらそう言うと、タスク君がとっても嬉しそうに目を細めた。それは私がずっと見たかった、素直な表情。


「一緒だね」


私を強く抱き返しながら言ったタスク君の優しい声に笑みを零しながら、最後にもう一度キスをする。誰かが来てもバレないように、柱の影に隠れながら。
(…なんかちょっと、悪いことしてる気分……)

 お互いに少し落ち着いてから、タスク君が床に落ちたままの資料を拾い上げて私に渡した。それを受け取り、汚れがついていないか確認する私にタスク君は困ったように笑って言う。

「その顔、滝原さんにも見られちゃうのか」
「…!」
「あんまり長居しないで下さいね」

冗談っぽく笑って私の頭を撫でたタスク君。まるで子供扱いでもされているような気分だけど、不思議と嫌ではなかった。
いつもタスク君は背伸びをしているように感じてたけど、それはきっと私も同じだったんだろう。周りのバディポリスの人達よりも幼くて、まだまだ子供だから。
(でも、これで少しは……大人になれたかな)

「…頭の中、タスク君でいっぱいだから大丈夫」
「はは、それすごく嬉しいです」
「それじゃあ行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」

最後に微笑み合ってから、私はタスク君に背を向ける。しかしすぐに
「なまえさん!」
と呼び止められた。何か言い忘れたことでもあったのだろうかと振り向けば、当たり前だが制服姿のタスク君が立っていて。いつもと何ら変わらないはずのその姿に、どうしてか胸がまた苦しくなった。そして改めて、これは重症になりつつあるのではないかと自覚する。


「大好きですよ」


しっかり握りしめた資料をまた落としてしまいそうになるくらい、愛おしく思えてしまった。
(そんなの、ずるい)


「私はその百倍大好き」


私はそう言ってすぐにまた背を向ける。タスク君の顔を見ずに、そのまま滝原さんの元へと向かった。これ以上あの笑顔を見たら、もう仕事どころではなくなってしまう。そんなことを考えては、無意識のうちにすごく速足になってしまっていた。


20150101
いっしょに苦しい恋をしよう