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「今日は快晴です。一日中、綺麗な青空が広がるでしょう」
昔、テレビの向こうで笑顔を浮かべながらそう言ったニュースキャスターに騙されたことがあった。今朝の笑顔は何だったんだと思うくらいの大雨がお気に入りの洋服を汚し、最悪な気分になったのを数年経った今でも嫌になるくらい覚えている。
 そんなことあってから、私は天気予報を信用しなくなった。最初のうちは天気予報を見ながら「どうせ当たらない」と馬鹿にして笑っていたのだが、だんだんと見ることすらなくなって、今ではいつでも鞄に折りたたみ傘を忍ばせているから天気予報なんて必要なくなった。


 授業中にそんなことをぼけっと考えているうちに一日は終わっていく。気付けば放課後になっているのはお約束だ。私は教科書やノートを鞄に詰め込んで教室を出た。長い廊下を早歩きで通過し、向かうは彼が待つ昇降口。



「テツヤ!」

自分でも呆れるくらい明るい声で彼の名前を呼ぶと、彼――テツヤもまた明るい笑顔で私を呼んだ。

「なまえ!今日も俺の方が早かったYO」
「あーあ、また負けちゃった」

いつからか一緒に帰るのが当たり前になって、どちらが先にここに来るか競争するようになって、競争なんてまるで子供みたいだと思う反面これが実は楽しかったりする。一昨日は私の勝ち、昨日はテツヤの勝ち、そして今日もテツヤの勝ち。

「うー、悔しい…!」
「俺、昨日も今日も教室から走ってきたんだYO」
だから当然俺の勝ち!だなんて楽しそうに笑うテツヤに思わず私も笑ってしまう。なら明日は私も走ってこようかな。そうすれば明日こそ勝てるし、テツヤにだって早く会える。一石二鳥だ。

「じゃあ帰ろっか」

そう言って靴を履き替えると、急にテツヤの温かい手が私の冷えた手を包み込む。

「て、テツヤ…?」
「今日寒いし、手袋がわりだYO」

そう言い放ったテツヤに顔が熱くなって、私は無言で手を握り返した。するとテツヤは満足そうに満面の笑みを浮かべる。
 テツヤの手は私より少し大きくて男の子っぽくて、何だかドキドキしてしまう。恋愛にあまり慣れてないせいか手を繋ぐことにもすごく緊張してしまって、隣で呑気に笑うテツヤをある意味尊敬した。前にアスモダイが「テツヤは恋愛慣れしてないからな!」だなんて言っていたけどそれってそもそも女の子に対する"意識"がゼロに近いって意味なのではないだろうか。

「……」
「なまえ、そんな真剣な顔してどうしたんだYO?」
「べ、べつに何でも…」

何だか余計に意識してしまっている自分が恥ずかしくて、少し冷たく返した。それでも変わらず笑顔で「なら良かったYO」と言って繋いだ手を前後に軽く揺らす。傍から見たら子供っぽいだなんて笑われそうだけど、私はそんなテツヤが好きだから小さな悩みなんていちいち気にならなかった。
だけど、ほんとに少しだけ、こんなに好きなのは自分だけなのではないかと不安になってしまう。


「あ」
もやもやと考えながらテツヤの横を歩いていると、急にテツヤが空を見上げて声を漏らした。私は顔を上げテツヤを見る。

「どうしたの?」
「雨、ふってきたYO」

そんなテツヤの言葉と同時に、一粒の水が私の頬を濡らした。(…本当だ) 気付くや否や小雨はだんだんと本降りに変わり、私たちは慌てて近くの屋根の下に移動する。ポケットからハンカチを出してテツヤの顔や服を拭いているとテツヤは私の腕を掴んで言った。

「俺はいいから、ほら、なまえもぬれてるYO」
「あ……ありがとう」
「今日は夕方から雨だって天気予報で言ってたの、どんぴしゃだYO!」
「!」

(天気予報、当たったんだ……)
心の中で驚きつつ、少し天気予報を見直してしまう。なんだ、じゃあ外れたのはあの日だけだったのかな。そんなことを考えているとテツヤが鞄から傘を取り出して自慢げに笑う。

「傘をお忘れなくって言ってたから、ちゃんと持ってきたんだYO」

それに続けて「なまえは?」と聞かれたから私も傘を出そうと思い鞄を漁った。しかし、何ということに傘が無い。いつも入れてたはずなのに今日に限って忘れてしまったなんて。

「あ……忘れちゃった」
「なら一緒に入れば良いYO!」
「で、でも悪いよ」
「いいから、ホラ!」
「……!」

一瞬だけぐいっと肩に手を回されて、そのまま引き寄せるように傘に入れられる。急に近くなった距離にまた心臓が音を立てた。

「何かこれ、恋人っぽいYO」
「え?」
「相合い傘!」
「!!」

ぼん。恥ずかしいくらいに顔が真っ赤になった。頬が一気に熱くなる感覚があまりにハッキリと自分でも分かってしまって、ちょっと照れたように笑うテツヤに何も言えなくなってしまった。そんな私を見たテツヤが何か言いたげに口をもごもごさせるから、それが気になってぎこちない口調で「テツヤ?」と声を掛ければテツヤは足を止めて私から目を逸らす。

「……?」
「そ、その顔、可愛すぎだYO…」
「っ!?」
「ぎゅうって、したい……」

今にも消え入りそうな声でそう零した矢先、テツヤの片手が恐る恐る私の頬を撫でた。それにびっくりして肩を揺らせば、テツヤは「あー」やら「うー」やら悶えるように声を漏らして俯いてしまう。

「て、テツヤ……」
「俺ずっと、なまえがこういうの嫌がるかもしれないって思って我慢してたんだYO……だけどほんとは
「テツヤ、好き」
「!」

私はテツヤの言葉を遮って、その少し華奢な体に思いきり抱き付く。好き、テツヤが大好き、そんな気持ちが一気に溢れてきて止まらない。その意外としっかりした胸に顔を埋めてから顔を上げると、テツヤの顔が真っ赤に染まっていて私は思わず驚いてしまった。

「なまえ、なまえ…俺、誰にも負けないくらいなまえのこと大好きだYO!」
「っ、」
「かわいくて、優しくて、それにあったかくて…!!」

顔を真っ赤にしたまま目をぎゅっと瞑りながらそう叫んだテツヤに泣きそうなくらい嬉しくなる。何より、好きで好きでたまらないのが自分だけじゃなかったこと。テツヤがちゃんと私と、こういうことをしたいと思っていてくれたこと。全部が嬉しくて、ほんとうに、泣いてしまいそうだ。

「ありがとう、大好きだよテツヤ」

テツヤと相合い傘ができるなら、これからもたまに傘を置いてこようかな。なんて、私は筋金入りの馬鹿だ。

「帰ろっか」

そう言うとテツヤは大きく頷いた。そしてまた私の手を引いてくれる。
 明日も明後日も、これからもずっと。こうしてテツヤの隣で幸せを感じられるなら、筋金入りの馬鹿も悪くないかもしれない。



 20141214