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「ごめん」





 その言葉がやけに痛々しく胸に刺さった。
爆と付き合ってもう半年だ。半年経った。お互いがお互いを好きだと知って、付き合うことになって気付けばもうそんなに経っていたのだと、ぼんやりした頭で考える。そういえば、何度か別れそうになった時もあったっけ。くだらないことで喧嘩して、くだらないきっかけで仲直りして。そうやって私たちはいつでも幸せを感じてきた。あれ、それなのに、どうしてだっけ。

 付き合おうと言ったのは爆だった。別れようと言ったのは私だった。
でもきっと、爆だって私と同じことを考えていたと思う。何か最近忙しくて、今まで当たり前だった会話とか一緒にいる時間とかそういうのが減ってきて、何か、そう、"何か"。言葉では言い表せないような距離感というか、壁ができてしまったのだ。

久しぶりに一緒に帰る約束をしていた放課後に、私から別れを切り出した。付き合うって何だっけ、どうして私たち付き合ってるんだっけ、もうそんなことを考えてしまっては終わりなのではないかと。
爆も私も、きっと言いたいことはたくさんあった。文句だけではなくて、言い訳とか、慰めとか、たぶん、謝罪も。でも例えその言いたいことを全部言い合ったとしても、「別れたくない」という言葉だけは出てこなかったと思う。
 だけどその代わりに、笑っちゃうくらいどうしようもない言葉が爆の口から飛び出した。

「頼む、これで最後にするから」

そう言った爆の顔は、伸びてきた腕のせいで見ることができなかった。半ば乱暴に両腕を掴まれて壁に追い込まれて、私たちは三回目のセックスをすることになる。





「っう、ぁ…あ、あッ…」

静かな空き教室に溶けていく自分の甲高い声を聞くのは、確か三ヶ月ぶりだ。
 初めて爆とこういうことをしたのは、付き合って一ヶ月半が経った頃だった。あの時は私が途中で怖くなって最後までしなかった記憶がある。爆は私のことを本当に大切にしてくれていたから、私が「やめて」と言ったら素直に手を止めてくれた。
二回目で、やっと私は爆を受け入れることができたんだっけ。でも痛くて痛くて死んでしまうかと思った。初めてする時は痛いって聞いていたから覚悟はできていたけど、それは予想以上に痛くて変な感じで。でも、爆だったから、気持ち良くなれたんだろうな。

「あ、っば、爆……!」

手探りで爆の背中に手を回して、しっかりした体にしがみ付く。じんわりと熱を持った爆の体に、心拍数が上がった。
(あつ、い……)
硬く閉じていた目をゆっくりと開いて爆の姿を探せば、そっと大きな手で目元を覆われて視界が真っ暗になる。

「…っ、え、…」
「なまえ」

突然のことにびっくりして爆の手に触れようとすると、ずっと胸に愛撫をしていたもう片方の手がスカートの中へと滑り込んできて体が固まった。
「や、あ、あっ」
整理すらまともにできない頭のまま、きっともうびしょ濡れになっているであろう秘所に触れられて声が出る。爆の手付きとか、触り方とか、全部あの時と何ひとつ変わっていなかった。

「ば、爆、ばく……っひ、あ!」
「ッ…ここ、気持ち良いか?」
「ぁ、あっ、んん…!」

私の反応を見れば分かるくせにわざと意地の悪い声でそう聞いてくるのが恥ずかしくて、私も爆の目を隠そうと手を伸ばす。視界が真っ暗なせいで何も見えなくて、指や爪が爆の目に入らないようにそっと爆の目を覆い隠した。

「は、……気持ちよく、ねえの…?」
「っ……う、」
「答えろよ、なまえ」

素直に「気持ち良い」と答えるのが悔しいような気がして、私は思わず首を横に振ってしまう。
(うそ、嘘だよ、ほんとうは……)
その先を心の中でだけそっと呟いて、唇を強く噛み締める。顔に熱が集まってすごく熱いし、真っ赤になっているのも爆にばれてしまっているだろう。それでも自分の中の理性が、言うんだ。
 爆と私は、もう、恋人同士じゃなくなってしまうんだと。


「……何考えてんのか知らねえ、けど、っ」
「ッ、!?あっあ、あ、や、やだ、それ…!!」

まるで私を現実から夢の中へと引っ張り込むかのように、爆の手が秘所の一番敏感な部分を摘まんで捏ねくり回す。途端にびくりと体が震えて、すぐに頭の中が真っ白になった。全身から力が抜けて爆に寄りかかる体制になってしまう。しかし爆はそんな私をしっかりと支えて、片手で背中をゆっくりと撫でた。

「すげえ、敏感」
「っや、やだって言った、のに……」
「なあ」
「!」

つう、と爆が私の背中を撫で上げて笑う。

「今のもう一回やったら、お前、どうなるんだろうな」

まるで自分の好みの玩具を見つけたかのような顔だった。でもその顔はどこか悲しそうで。どうしてそんな顔をするんだろう。そう思って爆の顔を見つめた。

「爆」

私が爆の名前を呼んだのを、爆は気付いただろうか。一瞬だけ交わった視線がすぐに逸らされたのに、私は気付いたよ。その時の爆の顔も、今度はちゃんと見えたよ。(ねえ、爆……)

どうしてそんな悲しそうな顔したの?


「っ――!?や、っんぁあ、あ、っひ…!!」

爆が一瞬だけ見せた顔で頭がいっぱいになっている隙に、爆は私の膣内に指を突っ込んで荒々しくかき混ぜた。それと同時に親指でまた陰核を擦られて頭が沸騰してしまいそうになる。
どくんどくんと心臓が大きく音を立てて、手や首元そして額に汗が滲む。まるで真夏の太陽の下にいるかのような暑さと、混じり合う吐息のせいで感じるサウナのような湿気。それがあまりに淫らで、厭らしくて。もう何も考えることができなかった。



「ば、くっ…爆、爆、っあぁあ!!」
「ッう、…なまえ、」
「っひぁ、あっ」
「や、べっ……出る…!」

爆の苦しそうな声が、体の奥底まで響いた。ゴム越しに感じた熱い液体とか、ゆっくりと引き抜かれていく感覚とか、あまりにリアルに感じることができたのに。爆の顔だけは、もう涙で見えなくなっていた。



「ごめん」



それは今まで爆から貰ったどの言葉よりも、私の心を虚しくさせた。
自分が望んだことなのに。お互いが望んだことなのに。離れていった体温がひどく恋しく思えてしまって涙が止まらない。私は、私たちはどうしたかったんだろう。

 爆は乱れた服を整えながら優しく私の頬に手を添えた。それに驚いて顔を上げると、また大きな手によって目を塞がれてしまう。さっきまであんなに熱かったはずの爆の手は、すっかり平熱に戻ってしまっていた。


「…爆……」
「もう、忘れるから」

それは、何のことを言ってるんだろう。今セックスしたこと?それとも、私が爆と重ねてきた日々も思い出も、ぜんぶ?
私がぼたぼたと涙を零しながら爆を見つめていると、爆はそっと私の唇にキスをした。

「…付き合わせて悪かった」
「……何で…」
「今のは、これは、俺のエゴだ」

それだけ言って立ち上がった爆を引き止める体力など、もう残っていない。私は涙すら拭えないまま、ぼやけて滲んだ視界に爆を探した。だけどもう、どこにも爆の姿は見当たらなくて。最後にうっすらと聞こえた気がした爆の言葉は私の幻想か妄想か、どちらにせよ残酷なものに変わりはなかった。

「俺はなまえとならまた一からやり直せると思った」




 結局、爆が何を望んでいたのか私には分からず仕舞いだ。ただ残ったのはひどい虚しさと、空白と、乱れた呼吸と冷え切った体。そして、呆れるほどに止まらない涙も。

「っ……う…ぁ…」

自分がしたかったこと。自分が望んだ結末。私はもう爆と別れて、明日から一人ぼっちで生きて行く。また新しい出会いがあるかもしれない。爆以上の人が現れるかもしれない。(…なんて……)

「ば、く……っ爆、」

爆以上の人なんて世界中のどこ探したって見つからないよ。私の一番は爆だよ。そんな大切なことを私はすっかり忘れてしまっていた。
 爆は、これを望んでいたのかな。私が後悔して泣きじゃくって、爆を忘れるために苦しんで悲しんで寂しい思いをしてそんな感情さえも押し殺して、だけど結局忘れることなんかできない自分に呆れてしまうのを。

爆は、そんな私を見て笑うのかな。


それならいっそ殺してくれた方が良かった


 20141212