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※カイト長編でタダシとヒロインがまだ付き合っていた頃のお話(っぽい)です。長編本編とは全く繋がっていないのでこれだけ読んでも大丈夫です。




 タダシはメールがあまり好きではなかった。
おはよう、一緒に帰ろう、放課後どこかに行かないか、今日はありがとう、また明日、タダシはどんな些細な言葉もメールではなく直接、優しい声で笑顔を含みながら伝えてくれる。

 今日も学校が終わり、私とタダシは並んで商店街を歩いていた。隣を歩くタダシは無表情のままCCMと睨めっこをしている。何を見ているのだろうと気になり、しかし盗み見するのは気が引けたため割と大袈裟にタダシのCCMを覗き込んだ。

「何見てるの?」
タダシは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに普段の落ち着いた表情に戻り言う。

「ブンタにメールを送ったところだ」

タダシのそんな言葉に多少驚いたものの、私も自然に言葉を返した。
「珍しいね。タダシがメールなんて」
「ああ…まあブンタからはよくメールが来るから、返事を返さないとそれはそれで不自然だしな」

ごもっともなタダシの言葉に「確かにそうだね」と頷けば、タダシはまたCCMに視線を戻して画面をタッチする。
 タダシは何をしていても恰好良いし、というよりは綺麗で、色に例えるなら透明だ。私はその整った横顔を見つめながら、タダシに便乗してポケットからCCMを取り出す。
CCMの画面に付いた汚れを軽くふき取り電源を付ければ相変わらずメールの通知はゼロだった。(そういえば、最近はユノたちともメールしてないんだっけ…)
妙に寂しい受信箱をじっと見つめ、私は新規作成のボタンをタッチし、タダシ宛てのメールを打ち始める。

『今日はかもめ公園に行きたい』


(……うーん)
こういうのは直接言ってくれって怒られてしまうだろうか。結局そのメールは送信ボタンを押すことなく削除された。

「ねえタダシ」
「何だ?」
「今日の夜、メールするね」
「!… 電話じゃあ駄目か?」
「電話?」

私が首を傾げて問いかけると、タダシは少し頬を染めながら目を逸らす。

「…俺は、自分の言葉に対するなまえの声とか、言葉とか、ちゃんとこの耳で聞きたいんだ」
「!」
その言葉の意味をすぐには理解できずに、しかし思わず足を止めてタダシに視線を向けた。タダシは優しく、けれど少しだけ困ったように笑って言う。

「こんなになまえのことを好きなのに、文章だけだなんて物足りない」

あまりに素直なタダシの気持ちに、私は顔に熱が集まるのを感じた。不意打ちに近い言葉に羞恥を感じつつもそれを隠すように「馬鹿じゃないの」と言って笑う。タダシの頬を軽く抓れば、タダシは私の腕を掴んで優しく引き寄せた。急に縮まった距離にますます鼓動が速くなる。

「ほら、そういう顔とか」
「え、っ」
「なまえの照れた顔も反応も。そういうの全部見逃したくないから」
「な……ば、っばかじゃない、の」
「そうかもな」
「!!」

ぐい。不敵に笑ったタダシの笑顔が一気に近くなって、気付いた時には唇同士が重なっていた。
「、んう」
あまりに突然のキスで心の準備も酸素を取り入れることすらまともに出来ずに、思わず苦しい声が口から洩れてしまう。するとタダシな名残惜しそうに唇を離して私の頭をそっと撫でた。

「今日はかもめ公園に行かないか?」

その言葉に、また胸が熱くなる。ぎゅっと締め付けられるような痺れに襲われて、思わずタダシから目を逸らした。どきどきと心臓がうるさく音を立てている。
(……私たちには…)
メールなんてこれっぽっちも必要ないのかもしれない。


「私もかもめ公園行きたいと思ってた!」
「そうか。じゃあ行こう!」
「うん!」

 自然と繋がれた手が温かくて、思わず笑みが零れてしまう。
こんな時がずっと続けば、私はどれだけ幸せなんだろう。この手を離すことなんて、きっとありえないのかもしれない。未来のことなんて何も分からない私たちには、ただただ今この瞬間が死ぬほど幸せに感じていた。



あのころのユートピア


 20140609