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 サクヤから、私の恋人であるハルキが風邪を引いたと聞いた。そこまでひどい状態ではないから寝ていれば治るよ、とサクヤは言っていたけれど私はどうしてもハルキが心配で、なるべく周りに気付かれないようハルキの部屋へと行くことにしたのだ。
シンプルな造りのドアを軽くノックすれば、中からハルキの声が聞こえたからゆっくりとドアを開けて中に入る。

「!……なまえ、」
ハルキは驚いたように目を丸くした。その目が"どうして来たんだ"とでも言いたげだったから、私は苦笑しながら「心配だから来ちゃった」と言う。

「今はあまり近づかない方が良いぞ。風邪がうつったら困る」
「うつって良いから来たんだよ」

笑顔でそう言うとハルキは私から目を逸らして「…そこの椅子に座っててくれ」とベッドから少し距離のある椅子を指差した。私はとりあえずハルキの指示通り椅子に座ってハルキを見つめる。しかしやっぱりベッドとの距離は離れていて、ハルキの顔がよく見えない。
(これじゃあちょっと遠いなぁ…)

「ハルキ、私は大丈夫だからそっち行きたい」
「駄目だ」

即答。

「で、でもこれじゃあ顔見えないよ…」
「今日は休日だから一日寝ていれば治る。それになまえまで風邪を引いたら明日のウォータイムにも支障が出るだろう」

そんな説教染みた説得は、すごくハルキらしくて真面目だった。私は反論できずに俯いて「わかった」と小さく返事を返す。
(せっかく看病しに来たのに…)私はがっくりと肩を落とし、ちらりとハルキに目をやった。時折小さく咳込むハルキは、やっぱり辛そうですごく心配だ。本当に一日で治るのかなとか、本当にただの風邪なのかな、とか色んなことを考える。頼りになるサクヤが大丈夫だと言っていたのだから、きっと大丈夫なんだろうけど…

「……ハルキ…」

私は無意識にハルキを呼んでしまう。どこか涙交じりで、今にも消えてしまいそうな自分の声に自分でも吃驚したが、ハルキはもっと吃驚した顔で私を見た。気付けば鼻の奥がつんとして、ハルキの顔を見ているはずなのに視界が滲んでよく見えない。
(あれ、なんで、わたし)

「なまえ、…!?」
「っ……う、」

(なんで泣いてるんだろう)
慌ててごしごしと涙を拭えば、ハルキはガバッと体を起こして布団から出ようとした。そんなハルキを私は慌てて止める。

「だ、だめだよハルキ、寝てなきゃ……、っ!」

言い終える前にハルキは私の肩を強く掴んだ。突然のことに呼吸が止まる。どきどきと心臓が音を立てた。目の前のハルキの顔は赤くて、少し汗をかいていて。焦っているのかそれとも熱のせいなのか、微かに乱れた呼吸はハルキをいつもより大人っぽく感じさせていた。

「…心配を掛けて、寂しい思いもさせて、すまなかった」
「!」
「だから、泣かないでくれ」
「は、ハルキ……」

私はハルキの手に自分の手を重ねて、ぎゅっと優しく握りしめる。
「…ありが、とう」
ぎこちない口調でそう言うと、ハルキは困ったように笑った。
握り締めたハルキの手はじんわりと熱を帯びている。また苦しそうな咳を零したハルキを心配してベッドに寝かせようとすると、ハルキは空いている手を私の腰に当ててグッと距離を縮めた。

「!え、っ」
急に近くなった距離に、思わず声が零れる。頬に掠ったハルキの熱い息が、今度は首筋を掠った。どくんと心臓が大きく音を立てる。これは本当にハルキなのだろうか。こんなハルキは初めてで、どうして良いか分からず抵抗もできない。
 不意にハルキが私の体を強く引き寄せたものだから、そのまま二人でベッドに倒れ込む形になってしまう。

「ま、待って、ハル、っんう…!」

ハルキの肩を押し返そうとするとハルキは私の唇に噛みつくようなキスをした。
「んん、ぅあ、っ」
くちゅ、と音を立てながらハルキの下が口の中に入ってくる。吃驚したものの、嫌ではなかった。口内をかき回される感覚はあまり良いものではなかったけれど、私はハルキの背中に腕を回して優しく抱きしめる。

「っ好き、だ」
「!」

普段はあまり自分からそんなことを言わないハルキからは想像できないくらい甘い声だった。びりびりと指先が痺れて、体中が一気に熱を帯びる。
しばらく続いた濃厚なキスが苦しくてハルキの胸をニ回叩くと、すぐにハルキは唇を離してくれた。

「は、ぁっ…ハル、キ…っ」
未だに整理できていない頭のままハルキを見つめると、ハルキは満足そうに口角を上げて
「うつって、良いんだろ?」
そう言ったのだ。

「た、確かにそう、だけど…」

まさかこんな大胆なことをされるとは思わなくて、ハルキから目を逸らす。恥ずかしくてたまらなかった。あんなことをされて抵抗しなかったことと、何より、
(…嬉しくて、気持ち良かった、なんて……)
そんなこと、口が裂けても言えない。

「気持ち良かった、か?」
「!!? っな、なに言って、」

すると嬉しそうに笑ったハルキは私の両肩に手を置いて、額にちゅっと可愛らしいキスをした。

「なまえに風邪がうつったら責任持って俺が看病する。だから安心して良いぞ」

そんなハルキの頬に平手打ちでもかましてやりたかったけど、まんざらでもない自分がいてすごく悔しいのも事実。
私はすでに赤いであろう顔をもっと赤くしてハルキの頬にキスを返した。そして"私の負けです"と笑みを零す。ああ、こんな時間が少しでも長く続くなら、もっともっと風邪をうつしてくれても良いのにな。


全部きみに食べられた
(そうすれば明日もこうして一緒にいられるね)


 20140405