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※年齢操作、社会人のアラタとヒロインが同棲してます





 アラタとの同棲生活が始まってもうすぐ半年が経とうとしている頃、アラタはほぼ毎日の残業で疲れ果てて帰ってくることが多くなった。
少し乱暴にドアを開ける音が聞こえると私はすぐに小走りで玄関に向かい、「おかえり」と笑顔でアラタを出迎える。アラタは私の顔を見ると少し嬉しそうに笑って「ただいま」と返した。でもやっぱり疲れ切った表情が消えることはなく、私はアラタの荷物を預かり一緒にリビングへと歩く。アラタの足取りは少しふらついていた。

「お疲れ様、アラタ」
「おー、ありがとな」
「ご飯できてるけど、お腹空いてる?」
「ん……先に風呂入りたい」
「うん、分かった」

私はアラタに背を向けてキッチンに立とうとしたのだが、アラタが急に私の腕を掴んで引き止める。吃驚して振り返ろうとするとアラタは私の首に腕を回し、後ろからもたれ掛かるようにして私を抱き締めた。

「っあ、アラタ…?」
アラタは何も言わずに私の髪に唇を寄せる。残業続きで相当疲れているのだろうか、私を抱き締める腕がいつもより弱弱しい気がした。私はそっとアラタの腕に手を添えて視線を下げる。するとアラタは小さな声で私を呼んだ。

「なまえ」

ぎゅう、と腕に力が籠って少し苦しかったが、アラタの体温に鼓動がだんだん速くなる。アラタはまるで犬みたいに私の髪に頬を擦り寄せた。

「…風呂、入った?」
「えっ?う、うん。入ったよ」
「すげー…いい匂い」
「!」
アラタはそう言うと今度は私のうなじに小さくキスをして、また強く抱き締める。
いつものアラタはもっと大胆に甘えてきていたから、こんな風に甘えられるのは初めてのことだ。ばくばくと心臓が音を立てて、きっとアラタにも聞こえてしまっている。その代わりに、アラタの心臓も音を立てているのが分かった。抱き締められるのは初めてではないのに、テレビも付けずにシンと静まり返った部屋で、こんな弱ったアラタに縋るように甘えられて平常心でいられる訳が無い。

「……あのさ、なまえ」
「ん…?」

耳に優しい声が響いて、私は少しだけアラタの方に顔を向ける。するとアラタはグッと私の顔に自分の顔を近づけけた。

「あ、あら、た」
言い終える前に、唇にキスをされて一気に顔が熱くなる。すぐに唇を離してからぺろりと私の唇を舐めたアラタは、すごく嬉しそうにふにゃりと笑って「キスしたい」と言った。
もうしてるじゃない、なんて思ったけれど目の前のアラタはいつもの何倍も愛おしく見えてしまって私は頬を緩める。ゆっくりと目を閉じるとすぐに、ちゅっと可愛らしい効果音でも聞こえてきそうなキスが何度か繰り返された。

「…今日のアラタ、なんか、かわいい」

長いようで短いキスを終えてからそう零すと、アラタは私の頭をぽんぽん撫でながら「なまえのが可愛いに決まってんだろー」と言って笑う。帰って来た時よりも少し元気になったみたいで、ちょっと安心。お風呂場に向かうアラタを見届けて、私は再びキッチンへと足を進めた。
 その日はいつもよりも、優しい夢を見れたような気がした。





 翌日の朝、いつものようにアラタよりも少し早く起きて万全の状態でアラタを見送れるよう準備を始める。私も仕事がある日は二人分のお弁当を作るのが少し大変だけれど、それでもアラタの笑顔を一番近くで見れるから毎日がすごく幸せで楽しいのだ。

「あ、おはようアラタ」
「んー…、おはよ…」

朝が弱いアラタは目を擦りながらソファに倒れ込むように横になった。私は苦笑しながらそんなアラタを起こし、「早くしないと遅刻するよ」と急かす。アラタの肩に触れた手が少し熱くなった。
 準備を終え、玄関で靴を履くアラタを見つめながら、私は昨日のことを思い出す。まだ唇にアラタの感触が残っていて、いつの間にかぼーっとしているとアラタはくるりと私に向き直っていつものように明るく笑った。
その途端、不意に昨日のアラタの言葉が頭をよぎる。

「……あのさ、なまえ」

「そんじゃ、行ってくる!」
「っ、あ、アラタ、」
「?」

私は思わずアラタのスーツの袖を引っ張り、ぼふっとアラタの胸に飛び込んだ。ぎゅっと目を瞑って、アラタの体温を感じる。ふわりと香るアラタの匂いは、同じ生活をしていても私とは少し違って、私はこの匂いが大好きだ。

「……キス、したい」

昨日のアラタと同じように、強くアラタを抱き締めればアラタは私の髪を撫でて、そのままするりと頬に手を持っていく。控えめに顔を上げればすぐそこにアラタの顔があった。アラタは満面の笑みを浮かべている。

「なまえから言ってくるなんて珍しいな」
「あ、アラタの真似…しただけ」
「! っ……なまえ」
「、え」

さっきまで笑っていたアラタが急に黙り込んだからどうしたのかと思いきや少し乱暴に顔を上げさせられて驚いたのも束の間、すぐにアラタのキスが降り注いできた。

「っん…あ、らた」

それは昨日のキスより少し乱暴で、私は苦しくなった息を紛らわすようにアラタの首に腕を回す。大好きなアラタの匂いに包まれながら、恐ろしいほどに幸せな気分になった。心の底からアラタへの気持ちが溢れて止まらない。いつの間にかこんなにもアラタが大好きで大切で、私の生活には欠かせない存在になっていた。

「あっ…アラタ」
「、ん?」
「…昨日、言い忘れちゃった、けど」
「!……」
「好き」

私はそう言うとスッと顔を上げてアラタの頬にキスをする。ちゅっと小さな音を立てて唇を離すと、顔を赤くしたアラタが唇を噛み締めてから私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わっ、ちょ、アラタ…!」
「お…お前なあ〜」

まるで自分を落ち着かせるようにして薄く息を吐いたアラタを見つめていると、アラタは赤くなった顔のままバツが悪そうに私から目を逸らす。そんなアラタに少し戸惑っていると、アラタはいつのまにか床に落ちていた鞄をすくい取って私に視線を戻した。

「……そういう可愛いことされると、マジで、ずっと傍にいたくなるから…」
「!」
「俺も好きだぜ」

優しい声でそう言ったアラタは、何だかとても格好良く見えて私も顔を赤くしてしまう。(わ、私だって…)片時も離れずに、ずっとアラタの傍に居たい。一秒でも多くアラタの体温を、匂いを感じていたい。そんな想いが洪水のように溢れて止まらないのも、アラタのことを死ぬほど好きになったのも、全部全部アラタのせいだ。

「…一秒でも早く帰ってくるからさ」
「…うん」
「待っててな」
「うん、」

先ほどぐしゃぐしゃにした私の髪を整えるように、アラタの大きな掌が私の頭を優しく撫でる。
(今日は、何時に帰ってくるかな)
アラタと同棲を始めてもうすぐ半年。考えてみれば、アラタの帰りを待つことも私の楽しみの一つとなっていた。毎日が過ぎていく中で失うものもあるけれど、得るものだってある。何よりアラタがこうして一緒にいてくれる。
(…今はそれだけで、)

「行ってらっしゃい、アラタ」
「おう!」

今日もまた、幸せを感じられる。明日も明後日もそれからも、ずっと。



あまい


 20140330
3文字様リクエスト アラタ同棲ネタ
リクエストありがとうございました!