bookshelf | ナノ
 朝っぱらから僕の彼女は馬鹿の一つ覚えみたいに「最悪だ、最悪だ」と繰り返していた。その目には涙さえ滲んでいたからさすがの僕も心配して「どうしたんだい」と聞いてみると、彼女であるなまえは僕の顔なんか見ずに言う。

「ま、前髪切るの、失敗したの…!」

あまりに悲痛な声だったが、僕からしてみれば「で?」って感じの理由だった。
なんだ、たったそれだけのことでそんなにも絶望的になっているのか僕の彼女は。全く馬鹿馬鹿しい。だけどそれが可愛い。
(だからなまえは、飽きないんだ)
僕は顔を隠して未だに嘆き続けているなまえに近づき、その華奢な肩をそっと掴んだ。なまえが驚いたように僕に視線を向ける。やっと目が合った。しかしそれでも前髪は隠したまま。

「ほら、手どけて」
そう言ってなまえの腕を掴むも、今日のなまえはいつもよりかなり強情らしい。
「や、やだ!」
泣きべそをかきながら僕の手を振り払った。そんななまえに僕もだんだん機嫌が悪くなってきて、さっきよりも乱暴になまえの腕を掴んでそのまま引き寄せる。
突然のことに抵抗できなかったなまえは、そのまま僕の胸にダイブした。

「っか、カイト、何して…!」
「これなら顔見れないから良いだろ?それとも何、まだ文句があるわけ?」
「うっ…… ない、です」
「うん。それで良い」

僕はなまえの頭を梳かすようにして撫で下ろす。さらさらした髪が僕の指に絡んでは解けていく。(綺麗だ…)
しばらくそれを続けていると、なまえがゆっくりと顔を上げて僕を見る。

「!」
なまえの前髪は見事に眉毛の上の長さだった。いつもは鬱陶しいくらいの前髪が、今はこんなにスッキリしている。正直に、可愛いと思った。しかし僕は素直にそう言うのはどこか小っ恥ずかしかったため、誤魔化すようになまえの額にキスをする。

「っ、」
びくりとなまえの肩が揺れた。僕が額から唇を離すと、なまえは顔を真っ赤にして僕を見つめた。

「こっちの方がキスしやすいし、良いんじゃないの」
「! へ、」

真っ赤になったまま何も言おうとせずに口をぱくぱくさせるなまえを見て、僕まで恥ずかしくなってくる。なまえはいつもこうやって僕のペースを乱すんだ。せっかく、上手く誤魔化せたと思ったのに。
「……可愛いよ」
結局、言う羽目になってしまった。

「…あ、ありがとう、カイト」

照れ臭そうに、だけどすごく嬉しそうに笑うなまえがあまりにも可愛いものだから僕は我慢できずにその唇に吸いついた。
「!!」
なまえの驚いた顔を見て、僕はまた優越感に浸る。こんなに可愛いなまえの顔は、僕だけのものだ。なまえの額も、全部僕だけのもの。
 なまえにはこれからもその前髪でいてほしいと思ったのは、僕の下心なのだけれど。それは言わないでおこう。


愛しいんだから何でも良いよ



 20140119