bookshelf | ナノ
 なまえは素直で面倒見が良くて、クラスでもかなりの人気者だ。そんななまえと俺は一緒にいることが多く、周りからはお似合いだの何だのからかわれていた。なまえはいつも冗談はよせと笑い飛ばしていたが、それに対し俺はそんな冷やかしを真に受けてしまっていたのだ。それは、俺が密かになまえに想いを寄せているからである。非常にもどかしい距離だったが、俺はそんな状況に幸せを感じていた。なまえの隣にいられるだけで嬉しいのだから。今はこのままで構わない。

 しかし、アラタが転校してきたあの日から全てが変わってしまった。
クラス委員でもないのにアラタに親切な対応をするなまえのことをアラタが気に入らないわけがない。アラタは何かにつけて俺から"なまえの隣"を奪っていった。なまえもなまえでアラタのことを可愛がる。俺の瞳には、二人はひどくお似合いに映った。
 そんなある日の放課後、俺は久しぶりになまえと二人きりになったのだ。
俺が一人で寮に向かっているとなまえが後ろから声を掛けてきて、そのまま俺の隣を歩く。そして、ぽつりと零すように言った。

「なんか、久しぶりだね。ハルキの隣」
「…そうだな」

俺は至って平然にそう返したが、内心すごく嬉しかった。なまえが隣にいる。俺が、なまえの隣にいる。今までは当たり前だったのに、無くして気付くとはまさにこのことだ。俺は少し冗談っぽい口調でなまえに言ってやる。

「アラタに取られっぱなしだったからな」

すると案の定、なまえは少し驚いたような顔で俺を見つめた。しかしすぐに優しく笑って、薄く口を開く。

「アラタは、良い子だよね」
「! …ああ」
「一時はどうなるかと思ったけど」
「そうだな…アラタやヒカルの無茶振りには、かなり苦労させられた」

思い出し笑いをするかのようにクスリと笑みを零すなまえを見て、俺は心臓が締め付けられるような痛みを感じた。(今は、今だけは…)なまえの口から、アラタの名前を聞きたくない。そんな我儘にさえ、なまえは気付かない。気付くはずもない。俺たちはこれで良いんだ。この、繋がりもしなければ離れない、もどかしい距離。それが幸せだったのに、どうして俺は……


 しばらく、何とも言えない沈黙が続いた。




「…ハルキは、」
「?」

なまえは小さく控えめな声で沈黙を破る。俺が首を傾げてなまえを横目で見ると、なまえは言いにくそうに視線を泳がせていた。俺は別に急かすわけでもなくなまえの言葉を待つ。すると、なまえがさっきよりも更に小さな声で問いかけてきた。

「す、好きな子、とか…いないの?」
「…!」

何とか聞き取れたその意外な問いかけに、俺は目を丸くする。(好きな子…だと?)俺が驚きのあまり何も言えずに足を止めると、なまえも足を止めて顔の前で手をぶんぶんと振った。その顔は真っ赤に染まっていた。

「ち、っちがう!違うの!」

なまえがあまりに必死だったから、「それはどういう意味だ?」という質問を喉の奥にしまい込んで俺はなまえの手に触れようと手を伸ばした。しかしその手はなまえに触れることなく、また元の位置に戻る。なまえはこんなに近くにいるのに、俺はいつも、どうしても最後の一歩を踏み出すことができない。
(ああ、もどかしい…)

「ご、ごめんね、急に変なこと聞いて…そっそれじゃあ私、さきに寮に戻るから…!」

そう言って逃げるように俺に背を向けたなまえの腕を、俺は思わず強く掴んだ。
(期待なんて、して良いのだろうか)
自分の気持ちにそう問いかけてみたものの、答えはない。振り返ることなくピタリと足を止めて黙り込んだなまえに、俺は優しく呼びかけた。

「なまえ」
「っ…ハ、ハルキ…」
「お前は…アラタのことが、好きなのか?」
「!? えっ」

素で驚いた顔をして振り返ったなまえの顔を見て、俺は驚きを隠せなかった。
真っ赤に染まった顔。そのきらきらした瞳には俺だけが映っていて、今、俺はなまえを独り占めしている。

「な、何でアラタ…?」
「いつも隣で…笑っているじゃないか」

俺が無意識に眉間に皺を寄せてなまえを見つめると、なまえは少し呆気とした顔を見せた。そして、ぽつりと零す。

「もしかして、ハルキ…」
「っ、」
「やきもち…やいてた、の?」

(あぁ、もう、無理だ)
俺は掴んでいたなまえの腕を思いきり引き寄せて、そのまま小さな体を目一杯に抱きしめた。
「ッ、!」
なまえの喉に詰まったような声が聞こえたのも無視して、俺はなまえの背中に手を回して力を込める。(好き、だ)言葉にしなくても、簡単にこの気持ちが伝われば良いのに。

「ハル、キ…っ」
「好きだ」
「!!」

衝動に任せて言い放った言葉に、なまえは顔を真っ赤にした。どくんどくんと静かに加速していくなまえの鼓動が、触れた身体から伝わってくる。なまえの身体は、こんなにも温かくて、柔らかい。
 不意にアラタと笑い合うなまえの顔が再び頭に浮かんだが、そんなものはすぐに消えていった。(なまえのことが好きなのは、アラタじゃない。俺だ)たとえアラタがなまえのことを好きだとしても、これだけは譲れない。俺は、こんなにもなまえのことが好きなのだから。

 どくどくと心音が体中に響き渡って、鼓動を加速させる。運動をしたわけでもないのに息が上がった。するとなまえがゆっくりと俺を抱き返して、言う。

「わ、わたし、ハルキに飽きられちゃったかと、思った」
「! そんなこと、あるわけがない」
「だってハルキ、私の隣をあっさりアラタに譲ってたから…」
「…それは、少し違う」
「え…?」

だんだんと弱弱しくなったなまえに「大丈夫だ」と言い聞かせるようになまえの頭をぎこちなく撫でる。不器用な俺にはこれが精一杯だった。
しかしなまえはゆっくりと俺に目を合わせて、俺の言葉を待った。

「ずっと、我慢してたんだ」

そう言って、なまえの頭を撫でていた手をするりと頬に移動させる。なまえの頬は少し熱くて、とても可愛い。驚いたようにぱちくりと瞬きをするなまえをまた強く抱きしめた。

「本当はずっと、こうしたかった」
「ハルキ…っ」

なまえが小さな声で言う。

「私も、好き」

小さい身体が、俺を求めるようにして抱きついてきた。
俺はなまえの髪に小さくキスをして、笑みを零す。



filch
(奪われたなら、奪い返せ)



 20140118