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これのヒロイン視点。会話はありません。



カイトは私を嫌っていた。いつも私を睨んでいたし、私を見る目だけは他の誰を見る目よりも冷たかった。それは分かっていたけれど、私はカイトとも仲良くなりたかったしカイトに認めて欲しかったから、あの日、カイトに声を掛けたのだ。
カイトは私がリボンを忘れてきたことを鼻で笑った。最初はカイトが何に笑ったのか分からなかったから何か嫌な感じだなと思ったけど、カイトの言葉に私は固まる。
「そんなだらしない身なり、ハルキが見たら怒るんじゃないの」

その時はあえて気にしないようにしたけど、その時のカイトの目はびっくりするくらい冷たくて、苛々してるのだとすぐに気付いた。
私がハルキの名前に反応して少し顔を赤くしたのを見て、カイトが何かを言おうとする。しかしそれは言葉にされることはなく、カイトは静かな声で「リボン、忘れてるよ」と教えてくれる。私が慌てて首元に手をやって確認すると、カイトはそれさえも冷たく睨んで黙り込む。

「あのさあ」やっと口を開いたカイトの声は、今までで一番冷え切っていた。
すると次の瞬間、私の足にカイトの足が絡んできて私はバランスを崩し床に座り込んでしまう。誰もいない教室で、朝早くにこんなことをされて驚かない人がいるのだろうか。私は慌てて逃げようとしたけどカイトが私を挟んだまま両手を床についたから逃げ道がなくなってしまって、思わずありえないものを見るような目でカイトを見てしまった。カイトと目が合って、カイトがきつく私を睨む。その薄い唇が、確かに「ムカつく」と言う動きを見せた。私の心がズキリと痛む。

「ハルキのこと諦められないならさっさと告白すれば良いのにさ」
「馬鹿だよね、君って本当に」
「見てて苛々するんだよ。馬鹿みたいにヘラヘラしてるのも、本当は…笑ってるのも、辛いくせに…、全部…目障りだ」
ズバズバと冷ややかな訴えが浴びせられて、私はもうその悲しみを抑えることができなくなった。それでもせめて、カイトに嫌な思いをさせてしまったことに対し謝りたいという一心で、無理に笑顔を作り「ごめん」と口にする。きっとカイトは私のこの言葉さえも嫌いなのだろう。あまりにつらくて涙が溢れそうになった時だった。
 首筋にひどい痛みが走る。何が起きたのか理解できなかった。だけど、反射的に私の悲痛な声が口から漏れて私たち以外誰もいない教室に広がり、そして消えていく。
あまりに痛かったから「やめて」と叫んだ。一瞬乾いた涙がまたぶわりと滲んで、零れる。それでもカイトはやめてくれなかった。

しばらく首筋を噛まれた後、カイトが突然泣きだした。カイトは私の胸倉を掴み上げて、揺さぶる。カイトの手はひどく震えていた。
「カイト…どうして、泣いてるの?」カイトは答えてくれなかった。呆気とした顔で自分の頬をなぞった後、悔しそうに目を細めて私を睨む。私はもう一度カイトの名前を呼ぼうとした。しかしそれはカイトの行為によって遮られてしまう。

カイトが私の服の中に手を入れてきたのだ。私が抵抗する暇もなく、そのまま胸を痛いくらに揉みしだかれて涙が溢れる。すると今度は無理矢理キスをされて、息が止まった。(ハルキ、)ぶっきら棒だけど優しいハルキの顔が頭に浮かんで、私は必死にカイトの肩を押し返そうとする。しかしその手さえも捕まってしまい、そのまま床に押し付けられた。涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔をカイトは真っ黒な笑みで見下ろして、スカートの中に手を移す。その目は怖いはずなのに、どこか悲しそうだった。
慌てて抵抗したらまたキスをされて、今度はカイトの舌が口の中に入ってきたから私は絶望のあまり体を固めた。それを見て、カイトは「しめた」と言わんばかりの顔をする。ぐちゃぐちゃに混ざり合った唾液が顔や首を汚して、とても気持ち悪かった。
やっとの思いで唇が離されると、私は荒い呼吸を繰り返す。そんな私を、カイトは冷たく見下ろした。そして、カイトの指が私の秘所へと滑らされる。もう、助けなど来ないのだと涙を流すことすら忘れて目を瞑った。

「っあ、あ!や、やめっ…」まるで自分の声じゃないような声が出て、気分が悪くなる。しかしカイトは目を見開いて、手を止めた。
カイトは、やけに悲しそうな顔を見せる。まるで絶望したようなその顔に、私はとても不安になった。カイトの唇が小刻みに震えて、「ッどうして……!!」という言葉と共にカイトの指が力任せに私の膣内に入り込む。
「痛い、痛いよやめてカイト!」必死に叫んだ。もうこれ以上、やめてほしいと。こういうことは、好きな人とやりたかった。それがどうして、こんなに悪い雰囲気の中、恋愛対象ではないカイトと。(こんな、悲しい思いをしてまで……)カイトが何をしたかったのかが分からずに、私はまた涙を溢れさせる。深い傷を負った気分だ。私が今にも消えてしまいそうな意識の中泣きじゃくりながら顔を両腕で隠すと、カイトは整った顔に似合わない涙を流しながら、言った。

「何で、僕じゃない」

ぼんやりとした意識の中、その言葉はハッキリと私の耳に届いた。だけど私は、もうカイトの顔を見ることができなかった。カイトの涙を拭いたいのに、出てくる言葉は「やめて、離して」なんてものばかりで。カイトはもう動こうとしなかった。ただ乱暴に私の制服を整えて、今度は自分の頬を制服の袖で乱暴に擦る。(そんなに、強く擦ると…赤く、なっちゃうよ)そんな言葉すら、出てこない。

カイトが私から離れようとした。その時、やっとの思いで絞り出した「ごめんねカイト」という言葉に、カイトは少しだけ反応した。だけどすぐにカイトはひどく顔を歪ませて、私を見つめた。その苦しそうな顔に、私はもう何も言えなくなってしまう。しばらくカイトは何も言わずにいた。

私は本当は、カイトのことがあまり好きではなかったのだ。仲良くなりたいとは思うけれど、きっと仲良くなれないのだろうと心のどこかで確信していたから。カイトは私のことが大嫌いだ。だけど、カイトは私がハルキを好きなことに気付いていた。それはどうしてだろう。ただ単にカイトが察しの良いタイプだからだとは思えなくて、ついにカイトが零した言葉に私は目を丸くする。



「好き」



その言葉をせめてもう少しだけ早く聞けていたなら、私にとってもカイトにとっても、あとほんの少し、幸せな結末になっていたのかもしれない。そんなことを考えながら、私の意識はなくなった。

最後に、一度でいいからカイトの笑う顔が見たかったなぁ。カイトだって、どうしようもない人だよね。こんなことしたって報われないことくらい、頭の良いカイトなら分かっていたはずだ。それなのにこんなことをしたのは、カイトがそれだけ傷ついていたということなのかもしれない。(カイト、カイト……)今更、もう遅いのかもしれない。だけど私の中で、カイトの存在が少しだけ大きくなってしまった。どうにかしてカイトの涙を止める方法はなかったのだろうか、なんて、まだそんなことを考えていた。カイトの泣き顔が忘れられない。ハルキの顔は、もう頭に浮かんでこないのに。

 ああ私はまた、叶わない恋をする羽目になるのかな。




なるほど世界はそうやって辻褄が合うらしい




 20140110
タイトルサンクス 花畑心中