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 俺はおそらく、いや、確実にみょうじに嫌われた。

みょうじとしばらく会わない日々が続いて、別に恋人でもないのにずっとみょうじと話したいと、会いにきてくれないかと考えるようになっていた。しかしそんなある日の休み時間、なんとみょうじが俺に会いにきてくれたのだ。
(なんて幸せな時間だった、のに……)
告げようとした言葉は言えないまま、みょうじに離された手をただじっと見つめて、俺はしばらくその場に立ちつくす。一分ほど前に起こった出来事を、うまく頭が処理できていなかった。



「わ、私ね、ずっと、青島君のこと…!」

(っ、くそ…!)あの言葉の続きは、何となく分かってしまっていた。だから俺は止めたのだ。どうせなら、俺の方から伝えたいと。だけど、俺は自惚れていただけなのかもしれない。
みょうじもきっと、俺が言おうとした言葉を分かっていたのだろう。あの顔を見れば誰だって分かる。しかし俺がみょうじに自分の気持ちを伝えようと薄く口を開いた時、みょうじは途端に不安げな顔をして、俺の手を離したのだ。俺はただ何も言えずに目を見開く。あの時のみょうじの顔が、いつまでも脳に張り付いて離れなかった。

(なんで、あんな顔……)
すごく、近くにいたのに。まさに手を伸ばせば届く距離で、それもみょうじが俺に触れていた。優しくて温かい手を、独り占めしていたはずだった。それが今では、こんなに冷たくて。(みょうじ…)みょうじは、俺の告白を聞きたくなかったのだろうか。俺は、拒否されてしまったということだろうか。全てが悲しみに包まれて、俺はきつく歯を噛み締めた。

「ちっ違う違う!恋なんてしてないよ!」

あの時ふと聞こえたみょうじの言葉が、ひどく俺の心に突き刺さる。
 予鈴が鳴って、俺は教室へと戻った。それでもみょうじが頭から離れなくて、ずっと、ずっとみょうじのことしか考えられなくて。そうだ、こんなだらしなくて弱気な俺を、みょうじが好きになるわけがない。そんなことを思いながら、俺はただひたすら後悔ばかり感じていた。




(最悪だ、最悪だ、最悪だ)
 授業が終わって放課後になっても、私はあの時の青島君の顔を忘れられずにいた。
私が、傷付けてしまった。こんなに青島君のことが好きで、やっと勇気を出せたのに、私は何て最低なのだろう。あんなことしたら青島君は傷つくに決まっている。それなのに青島君の手を離してしまった。青島君の気持ちから、逃げてしまった。
 私には青島君があまりに眩しく見えて、怖くなってしまったのだ。こんな弱気な私を、青島君はきっと嫌ってしまっただろう。

 もやもやといつまでも残る罪悪感と後悔を感じていた私に、友達は心配して声を掛けてくれた。だけど私はそれに答える元気すらなく、ただただ「大丈夫」とだけ返して教室を出る。もう、今日は真っ直ぐ帰ろう。できれば誰にも会わずに。そんなことを考えながら教室を出て廊下を少し歩いた時だった。

ドン。前から歩いてきた人にぶつかってしまい、私は俯いていた顔を上げる。

「ご、ごめんなさ………」

言いきる前に、私は固まった。

「っあ、青島く…!」

声が震えているのが自分でも分かる。目の前には、私を見て気まずそうな顔をする青島君が立っていた。心臓が嫌な音を立てたけど、青島君はすぐに私から離れて「悪い」と言う。青島君の声も、震えていた。

「……っ」

私が何も言えずにいると、青島君は黙ったまま私の横を通り抜ける。胸が締め付けられて、動けなかった。自分の手をぎゅっと手を握りしめたまま、その場に立ちつくす。
 嫌われた。もう、心が傷つきすぎて痛みすら感じなくなってしまった。青島君はもっと傷ついたのかもしれないのに、私は酷い女だ。そんなの分かっている。分かっているけど、だけど、どうしても……
(い、言わなきゃ、もう一度…!)
私がそう決心して振り向いて青島君を呼んだのと、青島君が振り向いて私を呼んだのは同時だった。

「青島君!」
「みょうじ!」

重なった二つの声が、廊下に響く。私たちは少し息を乱しながら、お互いを見つめた。
 きっと、私は青島君と同じ目をしているだろう。後悔と、決心に包まれた目。

「っ、青島君…!」

私は思わずもう一度青島君の名前を呼んで、そのまま走って青島君に飛び付いた。
青島君の顔は見えなかったけど、きつく背中に回された腕がとても優しくて温かくて、私はそれだけで幸せになる。(青島君。青島君、青島君)何度も何度も心の中で彼の名前を呼んだ。

 後悔なんかしたくない。絶対に弱気になったりしない。もう、この人から手を離したくない。

「わ、わたしっ…青島君に、最低なことした…っ、けど、だけど、お願い…これだけは、き、聞いてほしいの……!」
「っ聞く、聞くよ。何でも、気が済むまで聞くから、だからっ…だからもう、」
「離したりしない…!!」

青島君の言葉に重ねて、私は必死にそう叫んだ。
 私を強く抱きしめるその体がすごく愛おしくて、どきどきと心臓が音を立てる。私は意を決して、顔を上げると同時に言い切った。



「青島君、っ大好き…!」



 目の前には顔を真っ赤に染めて、その目尻には涙さえ滲んでいる青島君の顔があって。そんな青島君の情けない顔に、私の心臓がこれでもかというくらい跳ねる。この人が、好き。心の底から、もう死んでしまうくらいに大好きなのだ。初めて会った時から、私はすでに青島君に溺れてしまっていた。

 二人の熱のせいか、まるで熱帯地のような空気が私たちを包む。
青島君がひどく嬉しそうな笑みを零して、私の額に自分の額を押しつけた。2センチくらいしかない距離に、顔がもっともっと熱くなる。

「ばかやろ…っ、俺も、ずっと死ぬほど好きだったんだからな…!!」

そう言った青島君がずるずると私に倒れ込むように寄りかかってきて、私の首筋に顔を埋める。ひどく熱い青島君の吐息が首に掛かって、心臓が止まってしまいそうになった。

「っあ、青島く、」
「カズヤ」
「! っ………か、カズヤ…」

名前呼びがすごく嬉しかったようで、満足そうに笑う声が耳元で聞こえる。私はそんな声に安心して、嬉しくて、思わずカズヤの首にキスをした。
するとカズヤはびっくりしたように肩を揺らして、仕返しとでも言わんばかりに私の首筋に吸いつく。

「っ、ひ!」
咄嗟に零れた声にカズヤは顔を上げ、「なまえ、スゲー可愛い」だなんて言って今度は唇にキスをした。名前を呼ばれて恥ずかしくなったけど、キスをされてはもっと恥ずかしい。
 どうしよう、どうしよう。もうこの人無しでは生きていけなくなってしまうかもしれない。するとカズヤはそんなことを考えて顔を真っ赤にする私を見て、嬉しそうに笑った。


「愛してる」



XとYで表されるすべて
(弱気な私たちの、強い愛)


 20140112